LINKED編集部が有識者と考える
「ずっと安心」を実現するために
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団塊の世代が75歳以上になる2025年には、医療や介護を必要とする高齢者が大幅に増加する。今のままの病院のあり方で、果たして高齢患者を支えていくことはできるのだろうか。「それは難しいと思います。これまでの、一つの病院で治療を完結する病院完結型から、地域の病院が連携して、患者さんを治し支える地域完結型の医療提供体制へ、転換していく必要があります。その改革がうまく進まないと、いずれ医療難民が出てしまうかもしれません」。そう話すのは、愛知県病院協会の浦田士郎会長である。
地域完結型への転換を図るのは、医療資源を効率的に使うことが目的だろうか。「効率性も大事ですが、それだけではありません。効率性と同時に、医療提供の質を高めていく。そのための一つの道具が、地域医療構想(KEYWORD参照)だと考えています。地域医療構想は、将来の患者数というデータに基づいて、地域医療のあるべき姿を考え、その目標に向かって努力していくものです。全国一律の改革ではなく、地域ごとに地域の実情に応じた医療のあり方、いわばご当地医療を考えるわけですから、当然、質の高い医療提供の仕組みができると考えています」。
「但し」と浦田会長は言う。「地域医療構想は、団塊の世代が75歳以上になる2025年に照準を定めていますが、あえてそれにこだわる必要はないと思います。特に愛知県は、人口減少傾向にある他県とは異なり、2040年まで医療需要が増大します。そのため医療需要・介護需要がピークを迎える、2035年から2040年まで視野を広げて、じっくり確実に準備を進めていこうとしています」。
地域医療構想は、団塊の世代が75歳以上になる2025年の医療需要(患者数)を予測し、そのときに必要な医療機能を考え、在宅医療ニーズも含めて最適な地域医療の形を組み立てるものである。具体的には、病院の病床機能を「高度急性期・急性期・回復期・慢性期」の4つに分け、二次医療圏をベースにした構想区域を単位にして、それぞれに必要な病床数を目安として設定している。但し、必要病床数については種々の議論があり、構想区域ごとに工夫を持って対応していこうと協議している最中である。
病気やケガを負った場合、重症度や複合性により、高度急性期、あるいは急性期での入院治療を経て、回復期へと進み、その後は病気によって慢性期、在宅へと移行していく。
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愛知県では今、2040年まで視野を広げ、地域医療構想で定められた構想区域ごとに、調整会議(地域医療構想推進委員会)を開いて協議を重ねている。もちろん浦田会長も委員の一人だが、「議論はまだ緒についたばかり」という。その理由はどこにあるのだろうか。
「地域医療構想を実現する鍵を握るのは、病院の医療機能の分化と連携です。にもかかわらず、病院サイドの意見をまとめて発信できていないことが、大きな問題だと思います」と、浦田会長は指摘する。「まず、委員として調整会議に参加する病院関係者の数が、極めて限られています。たとえば、名古屋・尾張中部構想区域には、137の病院がありますが、調整会議に参加する病院関係者は10人しかいない。この10人が、137施設の意見を代弁できるかというと、おそらく不可能でしょう。そもそも、それだけ多くの病院が意見を統一させて発信する、という文化がこれまでなかった、ともいえます。地域の病院同士は多かれ少なかれ、競合関係にありますし、地域の全病院が集まる機会は、これまで皆無だったのではないでしょうか」。
地域医療構想では、病院の病床(入院ベッド)の機能を「高度急性期・急性期・回復期・慢性期」の4つに分け、構想区域ごとに必要な病床数を目安として定めている。その必要病床数に対しては、さまざまな議論があることも事実だ。浦田会長は次のように述べる。「必要病床数は、2013年のデータに基づく患者数をベースに病床稼働率を加味して推計されていますから、信頼に足る指標だと思います。ただ、日本の医療計画ではもともと二次医療圏(※1)ごとに基準病床数(※2)が定められていて、その数値と必要病床数が乖離しているところは問題です。また、地域ごとにさまざまな事情があり、必要病床数は機能分化の目標としての未来の数値として念頭に置いた上で、私たち医療関係者が自主的に話し合い、病院側の意見をまとめて調整会議に反映させていくことが重要だと思います」。
※1 二次医療圏は、特殊な医療を除く入院治療を主体とした医療需要に対応するために設定された区域。
※2 基準病床数は、都道府県ごとに、全国統一の算定式によって算定されたもの。既存病床数が基準病床数を超える地域では、原則として病院の開設・増床は許可されない。
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地域医療構想の実現をめざす上で、病院間の話し合い以外にも「実は、いくつかの懸念材料がある」と、浦田会長は胸中を明かす。
「一つは、構想区域を超えた広域にまたがる地域医療連携推進法人の設立です。地域医療連携推進法人は、複数の医療機関などが法人に参加し、地域の実情に応じた医療体制を整備するための新しい制度です。一方、地域医療構想は、二次医療圏をベースにした構想区域ごとに行われています(構想区域の数は、愛知県は11、三重県は8つ、岐阜県は5つ)。この構想区域の枠を超えて法人組織が創設されることにより、地域医療構想の協議に混乱が生じるのではないかと懸念する声が上がっています」。
その他の問題として、浦田会長は「大学病院の位置づけや、他地域からの病院進出も気になる」と言う。「大学病院は構想区域よりも広範囲の患者さんを対象に、先進医療を提供したり、臨床研究を進める役割があります。しかし現行の制度では、高度急性期・急性期の市中病院と同じ位置づけ。つまり、大学病院としても、適正な収益を上げることが必要になり、ある意味、市中病院と競合してしまう。そうではなく、私たちでは担えない極めて高度な医療を提供する役割として、大学病院には大所高所に立ち、医療機能の分化を進める私たちを、応援する位置づけであるとありがたいですね」。他地域からの病院進出については、浦田会長は「地域医療を担う人材が不足しないか」と心配する。「他地域の法人が病院を新設する場合、単に病院という箱を作るだけでなく、そこで働く医師や看護師などを地域から募集することになります。それによって、既存の病院が人材不足になるようでは意味がありません。新病院建設の前に調整会議で議論し、皆の合意を得る必要があると考えています」。
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先に、調整会議が進まない理由は、「病院の意見の統一と発信」にあると述べたが、それを克服するために、愛知県では病院関係者の自主的な協議の場づくりがスタートした。愛知県病院団体協議会(COLUMN参照)の取り組みである。
「病院を束ねる組織はいろいろあり、愛知県下には5つの病院団体があります。地域医療構想を進めるには、その異なる団体の病院関係者が、一つにまとまって物事を考えなくてはならない。そんな気運が芽生え、結成されたのが愛知県病院団体協議会です。そのメンバーの中から、各構想区域の幹事となる病院を決め、そこが中心となり、区域内の病院が集まって協議を進める準備をしています」と、浦田会長。その場で話し合われた内容は、幹事病院が調整会議で報告し、医師会や行政と協力しながら、地域医療構想を前に進めていく方針だという。
「ただ、病院関係者が一堂に会すといっても、いきなり医療機能分化の話はできないと思っています。まずは、医療構想に関する正しい情報を、区域内のすべての病院が把握し、認識を共有するところから、着実に会話を醸成させていきます。ようやく一歩を踏み出せたな、と実感しているところです」(浦田会長)。
最後に、浦田会長に、地域住民にどんなことを期待するか聞いてみた。「期待することはいろいろありますが、率直に思うことは〈地域医療の今を知ってほしい〉ということですね。私たち病院が何をめざして改革を進めているのか、その現状を少しでも理解してほしい。住民の皆さんが関心を持って注目してくれることによって、より質の高い地域医療の提供体制を構築できると思います」。浦田会長の言葉通り、最後の鍵を握るのは、住民の意識と関心である。言うまでもなく、地域医療は地域住民のものである。医療費を負担し、医療サービスを受ける住民自身が当事者意識を持って、地域医療構想のプロセスを監視していくことが、何よりも重要なのではないだろうか。
愛知県には5つの病院団体がある。
以上である。これらの、異なるポジションに立つ病院団体が一つになり、地域医療構想を実現するために、2015年に結成されたのが、愛知県病院団体協議会。同協議会では地域の医師会や行政と連携しながら、病院の医療機能分化へと協議を深めていく方針である。
ヒューマンズアイでは他の有識者にも話を聞いてみました。