LINKED編集部が有識者と考える
「ずっと安心」を実現するために
Series 3
超高齢社会の進展に伴い、治す医療から「治し支える医療」へ。病院中心の医療から「地域全体で患者を支える医療」への大きな転換が進められている。それはイコール、生活の場で医療が展開されることを意味する。そのとき、看護師は地域医療のキーパーソン(多職種による在宅療養支援チームのなかで、中心となって活動する人物)になれるのだろうか。
LINKED編集部が東海三県の医療者にアンケートをお願いしたところ、「なれる」という回答が91.3%だった(※詳しくはコラム参照)。
「ずっと安心を実現するために―シリーズ3回目」は、これからの活躍が期待される看護職にスポットをあて、愛知県看護協会の鈴木正子会長と一緒に考えていきたい。
「こんにちは、お変わりないですか」。明るい笑顔で利用者の住まいを訪問するのは、三重県にある自治体病院に併設されている訪問看護ステーションの市川千恵子看護師。市川は同ステーションの管理者を務めるかたわら、自らも担当患者を持ち、毎日のように車で地域を走り回る。看護サービスの内容は点滴や服薬管理、排便コントロール、お風呂の介助、がん末期の疼痛コントロールなど、利用者によってさまざまだ。市川が訪問時に心がけているのは「ご本人や家族の希望や困りごとをしっかり聞いて把握すること」だという。「病院ではどうしても医療者が主体になり、治療を優先しがちですが、自宅では日々の生活が一番大切。ご本人や家族の立場になって考え、困ることなく生活できるよう支えていくところに、訪問看護の醍醐味を感じます」と微笑む。
また、多職種スタッフとの連携も重要だ。「療養中の患者さんを支えるには、在宅医やケアマネジャー(介護支援専門員)、ヘルパー、栄養士、歯科衛生士、リハビリテーションスタッフといったさまざまな専門職との協力が欠かせません。地域に多職種との繋がりができ、いつでも相談し合えることが、自分の財産になっています」(市川)。
多職種による在宅療養支援チームのなかで、看護師は、医療と生活の両方を理解し、今後の病状変化を予測しつつ、少しでも病状が安定するよう支援する役割を担う。「皮膚の湿疹がなかなか治らなくて…」「便秘と下痢を繰り返しているけれど…」など。家族やチームメンバーの相談に的確に答え、利用者のおだやかな日々を支えていく責任は重大だ。
そもそも市川が訪問看護師を志したのはどうしてだろうか。「あわただしい急性期看護ではなく、患者さん一人ひとりに向き合う看護がしたかったんです。なかでも訪問看護は、患者さんのお家におじゃまして、ゆっくりお話を聞いて、看護を丁寧に提供できる。素晴らしい仕事だと憧れを抱いていました」と振り返る。「病院に実習に来た看護学生に話を聞いてみると、私と同じように、〈訪問看護をやってみたい、憧れる〉という声はよく聞きます。ただ実際の志願者はほとんどいないのが実情ですね。地域ではもっとたくさんの訪問看護師を必要としているのですが…」と、市川は嘆息をもらす。
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01
市川が話すように、訪問看護師は看護職全体で見れば、まだごく少数派に過ぎない。
厚生労働省の調べによると、平成28年末時点で、働いている看護職の総数は1,559,562人。そのうち病院に勤務している看護職は986,325人で、全体の63.2%。訪問看護ステーションに勤務する看護職は46,977人で、全体のわずか3%にとどまる(表1参照)。
その一方で、訪問看護の利用者は急増している。グラフ2で示しているのは、利用者数の推移。この数字は、医療保険と介護保険による利用者の合算であるが、厚生労働省の調べによると、平成28年度の訪問看護利用者の総数は、585,938人と年々高まり続けている。このなかには、人工呼吸器の装着者、経管栄養法を行っている人など、医療ニーズの高い利用者も多く、末期がんなど人生の最終段階を、病院ではなく自宅で過ごす利用者も増えている。今後、さらに自宅での看護を望む高齢者が増えることを考えると、訪問看護師の不足が懸念される。
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医療は病院中心から在宅中心へのシフトが始まったが、なかなか地域で働く看護職は増えない。その現状について、愛知県看護協会の鈴木正子会長に話を聞いた。「数字を見れば、訪問看護ステーションや施設で働く看護職が、徐々に増えていることは間違いありません。ただ、急激な高齢化に追いついていないのだと思います」。
では、どうして、地域で働く看護職は増えていかないのだろうか。「一つは、働く環境の未整備だと思います。実は訪問看護ステーションは、最小限の人数として2.5人の看護師(うち1人は常勤)を確保すれば開設できます。人員の基準が低いため、小さな組織が多いんですね。でも、限られた人数で24時間365日のサービスを提供しようとすると、スタッフに大きな負担がかかります。〈利用者さんの期待に応えなくては…〉という現場の情熱があるから、何とか持ち堪えているのが実態だと思います」。
前述の市川も、働く環境の厳しさを訴える。「夜間は、私を除く3人の常勤スタッフが交代で緊急の電話相談に応じていますが、最近は電話でアドバイスするだけでなく、夜間の臨時訪問も増えています。24時間365日の営業体制を維持するために、スタッフのみんなには、精神的にも肉体的にも負担をかけていると思います」。
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看護職が地域へ飛び出せないもう一つの理由として、鈴木会長は「看護職の自信のなさ」を挙げる。「医療と生活を繋ぐのは看護職しかいない、という自負はみんな持っていると思うんです。ただ、地域に出ていく自信がないのではないでしょうか。というのも、病院では困ったことがあっても、すぐにドクターや看護師長に相談できます。でも、在宅では一人で訪問し、病状を評価しなくてはなりません。その責任を負うことに二の足を踏む人も多いと思います」。
看護職の自信を育てるには、実践的な教育が必要だ。しかし、小さな組織が多い訪問看護ステーションでは、人材教育まで手が回らない。そのため看護協会においても、在宅看護(自宅だけでなく施設も含めて、在宅療養を支える看護を指す)に関わる人材育成の取り組みを強化しているところだという。
教育という点では、特定の専門看護分野の知識・技術を深めた「専門看護師」や、特定の看護分野で水準の高い看護実践のできる「認定看護師」を育てる体制が定着し、さまざまな分野で多くのスペシャリストが誕生している。また、近年は国の研修制度として「特定の行為に関わる看護師の研修制度」も設立された。これは、医師の指示のもと、経口用気管チューブの位置の調整、中心静脈カテーテルの抜去といった特定の医療行為を行える看護師を育てるもの。今のところ、研修修了者はそれほど多くなく、しかも、その大半は病院に所属し、在宅看護にはあまり活かされていない。しかし、「この研修制度がもう少し普及すれば、これまで以上に看護職の裁量が広がり、看護職は新たな役割を果たしていくことが期待できます」と、鈴木会長は語る。
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04
ここまで訪問看護を中心に論じてきたが、超高齢社会に期待される看護のフィールドはそれだけではない。たとえば、特別養護老人ホームや介護老人保健施設といった施設においても、入居者の健康管理をする重要な役割を持つ。
その他、今後、新設される「介護医療院」も多くの看護職を必要としている。介護医療院とは、病院にあった介護療養病床が平成30年3月末で廃止されるのに伴い、転換先として新設される施設。長期療養が必要な人に医療・介護を一体的に提供しつつ、住まいとしての生活環境も整える計画だ。「介護医療院はまさに、医療と生活を繋ぐ場です。そういうところで看護職がこれまで以上に裁量権を持ち、マネジメント能力を発揮し、患者さんの病状を管理していくような活躍ができれば素晴らしいと思います」と鈴木会長は期待を寄せる。
このように看護職のフィールドが広がるなか、鈴木会長は、看護職一人ひとりの意識改革の必要性を強調する。「地域での働く環境や教育の充実は、まだこれからの課題です。でも、その課題の解決を待っているのではなく、看護職自身が、もっと病院や行政に求めることが必要と考えます。これからますます、看護を必要とする人が病院から地域へと出ていきます。その人たちを支えるために、看護職自身が意識を変えて、思いきって行動していかねばなりません。今、看護職一人ひとりが、変わるべき時期にきているのだと思います。私たち看護協会も、変わろうとする看護職たちを精一杯バックアップしていきます」。
最後に今、この紙面を読んでいる看護職の方々にお尋ねします。病院勤務の方は、いつかは在宅看護をやってみたいとお考えですか。すでに地域で働いている人は、この先もずっと続けようと思っていらっしゃいますか。
LINKEDでは、NPO法人「看護の広場」とともに運営する、看護職のためのWebサイト「看護の広場・Platz Nurse」のリニューアルを機に、皆さまの率直な意見を求めています。下記のアンケート項目のお答えを、ぜひWebサイト「看護の広場・Platz Nurse」にお寄せください。それらの意見を分析し、次のLINKEDの特集で、看護の未来についてさらに考えを深めていきたいと思います。
LINKEDでは、多くの方とこれからの医療を考えていくために、皆さまの声を紙面に反映させていきたいと思います。その第一弾として、看護職、看護学生の方々に緊急アンケート!
あなたの気持ちをお教えください。
LINKEDでは東海三県にある病院の幹部(病院長、事務部長、看護部長など)の協力を得て、看護師の活躍についてアンケートを実施した。その結果、「超高齢社会において、看護師が地域医療のキーパーソンになれると思う」と答えた人は91.3%に達した。その理由としては、「患者に一番近い存在であるから」「看護師は医療、生活両方の視点で患者を看ていくことができる。また、多職種との調整能力を持っているから」といった答えが得られた。
さらに、キーパーソンとしての働き方では、看護師の連携強化を訴える意見、「訪問看護師に限らず、地域で暮らす看護師が、地域ごとで支援活動ができる体制が必要」や、看護師の裁量拡大に期待する声、「看護師による医師に近い医療行為を認め、在宅や介護施設等の充実を図ることが望まれる」も寄せられた。
少数意見としては、「在宅の現場では、看護師ではなく介護士がキーパーソンとしてより重要だと思う」という意見もあった。
貴重なご意見の数々、ありがとうございました。
東海三県にある病院の幹部(病院長、事務部長、看護部長)172名にアンケート。回答率15%。
ヒューマンズアイでは他の有識者にも話を聞いてみました。