「ずっと安心」を実現するために

地域医療の正義の見方
Series 1

自治体病院のあり方を通じて
地域医療の公益性を考える。

LINKEDでは「ずっと安心」を実現するためにという視点から、今日の地域医療、病院、看護のあり方を問い続けてきた。その中間的な総括として、「地域医療の正義の見方」シリーズをスタートする。
正義とは、改めて言うと、「正しい道理」という意味。今、医療が変わり、病院のあり方が変わろうとしているなかで、医療の消費者である私たちは、どこまでその変化を正しく理解しているだろうか。私たちが安心して生活していく上で欠かせない医療。その仕組みはどう変わろうとしているのか。「ずっと安心」を実現する方向へ向かっているのだろうか。そうした問題意識を持って見ることが、地域医療を守る上で実は非常に重要であると思う。
第一弾は、自治体病院(主に都道府県・市町村立の病院)のあり方を通じて、地域医療の公益性について、市民病院で長くトップを務めた経験を持つ小倉嘉文氏と一緒に考えていきたい。

Advisor

松阪市民病院 前院長
小倉 嘉文
Yoshifumi Ogura

昭和49年三重大学医学部卒業。平成13年松阪市民病院副院長、平成14年同院長就任。大学医局の医師引き上げにより診療機能が低下し、自分たちの存在意義を見失いかけていた状態から、病院改革を断行。自院のアイデンティティを再構築し、市民にとってなくてはならない病院へと再生した。平成28年定年退職。現在は名誉院長として、同院の外科・外来診療に携わっている。

01

地域医療における公益性。

LINKED編集部(以下、LINKED) LINKEDが知る院長先生のなかに、「官でも民でも、医療は公」とおっしゃる方がいます。公とは、公益性。つまり、医療は、公立や民間など設立母体に関係なく、地域全体の公益性に資すべきものというお考えです。では改めて、〈地域が必要とする医療の公益性とは何か〉、というところから考えてみたいと思います。小倉先生は、どのようにとらえていらっしゃいますか。

小倉 ちょっと専門的になりますが、我が国では、平成9年の医療法改正で、都道府県が5年毎に「保健医療計画」を策定することが決まりました。後年、その見直しが図られるなか、平成19年の医療法改正において、国民の健康の保持を図るために、特に広範かつ継続的な医療提供が必要と認められる疾病として4疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)、医療の確保に必要な事業として5事業(救急医療、災害時における医療、へき地への医療、周産期医療、小児救急医療を含む小児医療)が定められました。

LINKED 4疾病5事業ですね。

小倉 そうです。これらは日常生活圏で必要とされる医療であり、継続的に守るべき医療という位置づけです。その後、平成25年には、「精神疾患」と「在宅医療」が加わり、「5疾病5事業、および在宅医療」となっています。地域が必要とする公益性の高い医療(コラム参照)を厳密に言えば、もっと数多く示されていますが、「5疾病5事業、および在宅医療」が代表格といえると思います。

LINKED なるほど、がんにしても、脳卒中にしても、また、救急医療にしても、へき地医療にしても、すべての地域住民にとってなくてはならないもの。公益性の高い医療なんですね。

COLUMN

地域住民にとってなくてはならない、
公益性の高い医療とは…。

地域医療計画では、優先して医療連携体制を構築すべき分野として、「5疾病5事業、および在宅医療」を明記している。それ以外にも、国が想定する公益性の高い医療は数多く示されている。

02

地域医療における公益性と
自治体病院の役回り。

LINKED 自治体病院は、前述の公益性の高い医療を提供する病院として、存在しているのでしょうか。

小倉 それには自治体病院の生い立ちを、お話しする必要がありますね。少し古い話になりますが、第二次世界大戦は、我が国の国民の生活、経済に大きな被害をもたらしました。もちろん、医療においても同様です。戦後、医療施設の状況は、惨憺たるものでした。そうした状況に対し、全国一律に一定の医療を確保するために、昭和23年に制定された医療法において、国庫補助をもとに、都道府県や市町村が自治体病院を設置することになったのです。その3年後には、国庫補助の対象が日本赤十字社、厚生連(厚生農業協同組合連合会)、済生会といった他の公的医療機関にも拡大されていきました。

LINKED 国のお金を投入し、我が国の医療の整備を図った。それは、国民が全国どこでも、一定水準の医療を受けることができるようにするため。自治体病院の整備は、その一つの手段ということですね。

小倉 そうです。つまり都道府県や市町村の自治体病院は、最初から<公益性>のもとに誕生した医療機関なんです。時代とともに実際の活動内容は変わり、保健医療計画が誕生してからは、それに準拠した医療提供に努めてきた歴史があります。

LINKED 保健医療計画でいうと、制度導入から今日までで、変化を見ることができます。つまり、公益性のある医療は変わるものといえます。となると、自治体病院の提供する医療も変わってきているのでしょうか。

小倉 保健医療計画に「在宅医療」が加わったことでもおわかりいただけるように、急性期医療が求められた時代から、在宅医療を支援するような役割も求められてきました。今までのように、急性期医療だけに固執してはいけない状況になってきたのです。また一方では、地域医療のネットワーク化が重要視されています。つまり、公益性の中身やあり方自体が大きく変わろうとしている今日、自治体病院も変わっていく必要があるのではないでしょうか。

03

中規模の自治体病院を取り巻く
環境の変化。

LINKED 超高齢社会の進展に伴い、国は今、高齢になっても安心して暮らしていける地域社会をめざし、「地域包括ケアシステム(※1)」の構築を進めています。そして、そのための病床再編を促す方策として、都道府県単位で「地域医療構想(※2)」が動いています。

小倉 そうですね。地域医療は今、「病院中心の医療」から「地域全体で患者を支える医療」へと大きく転換していく過渡期にあります。

LINKED その流れを加速させるために、ここ数年の診療報酬改定は、病院に対して厳しい内容になっています。入院医療については、急性期病棟(一般病棟)の入院基準が厳しくなるとともに、早期退院・他病院への転院を促すことへの評価も強化されました。

小倉 ええ、国は急性期の病床を減らし、より在宅医療を支える機能を病院に求めています。

LINKED しかし、入院患者が減り、一人あたりの入院日数も短くなったことから、多くの急性期病院では、病床稼動率(病床がどの程度、効率的に稼動しているかを示す指標)が低下し、経営面で大きな困難に直面しています (グラフ参照)。こうした医療政策は、自治体病院にも大きな影響を与えており、経営状況の悪化をもたらしています。

小倉 ただ、自治体病院と一口にいっても、規模や地域によって、事情はかなり異なりますが…。

LINKED はい。自治体病院のなかでも大規模な病院は、診断・治療の機能強化を図ることで、自治体を超えて、広域の住民の命を守る基幹病院に成長し、現状、必ずしも経営状況は悪くありません。問題は、基幹病院を担う規模を持たない、200〜300床を中心とする中規模の自治体病院です。これらは地域医療の転換のなかで、非常に大きな経営的危機に直面しています。地域医療の公益性を考えるとき、この中規模の自治体病院を軸にお話をお聞きしたいと思います。

小倉 わかりました。その意味では、今の医療政策の影響を受ける以前から、実は中規模の自治体病院はずっと厳しい経営状態にあったと思います。

LINKED それはどういう原因からでしょうか。

小倉 原因は慢性的な医師不足といわれています。平成14年から始まった新しい医師臨床研修制度(※3)により、研修医の大学離れが進み、大学医局は各地の病院に派遣していた医師を引き上げるようになりました。その結果、地域の中規模病院で深刻な医師不足が生まれたのです。

LINKED 医師が減っては、採算の取れる分野での収益も落ちてきますね。

小倉 はい。また、民間医療機関の成長もあります。歴史的に言うと、昭和25年の医療法改正で医療法人制度が設けられ、民間病院が急激に増えました。そして、医療機関としての実力を大きく高めてきたのです。長い年月が過ぎ今日では、それこそ公益性の高い医療を提供する法人として、社会医療法人も誕生しています。地域に自治体病院しかないという時代は、はるか昔に終わっているのです。

LINKED 医療環境の変化にも、敏感ではなかったということでしょうか。

小倉 まさにそうですね。今、振り返ると、医師不足は一つのきっかけ。構造的に抱えていた問題が、医師不足によって露呈したと思います。

LINKED それはどういうことですか。

小倉 時代の変化に対応し切れずにいた、ということですね。人口構造一つ取っても、現役世代中心から高齢者中心の時代に変わり、地域によっては人口も減りだした。これは以前から予測できたことです。病院間競争も激化し、さらには淘汰の時代を迎えている。それに対して、従来のやり方から転換が図れていませんでした。

LINKED なるほど。誤解を恐れず言うなら、今日では、地域にとって必要がなければ、公益性から生まれた自治体病院といえども、地域医療から退場せざるを得ないという状況が到来したのですね。しかし、すべての自治体病院がなくなってもいいのか?という疑問がわいてきます。なぜなら、経営的に厳しくなると病院も企業と同じく、経済的に成立するところに、力を集約せざるを得ないのではないでしょうか? その結果、地域医療において穴が空く部分が生まれてしまいます。そこを担う病院が不可欠であり、その病院こそを支える必要があるのではないでしょうか。

※1. 高齢者が住み慣れた地域で暮らせるように、「住まい・医療・介護・予防・生活支援」の5つのサービスを一体的に提供する仕組み。

※2. 団塊の世代が75歳以上になる2025年の医療需要(患者数)を予測し、そのときに必要な医療機能を考え、在宅医療ニーズも含めて最適な地域医療の形を組み立てるもの。

※3. 医師免許を取得した医学部卒業生に対し、2年以上、臨床研修指定病院で、さまざまな診療科、地域での臨床研修を受けることが義務づけられている。

■急性期病棟の病床稼動率の推移

出典:2017年3月15日 第347回 中央社会保険医療協議会

※7対1、10対1、13対1、15対1は、看護職員の配置体制。たとえば、7対1は、入院患者7人に対し、常時看護師1人以上を配置するもの。 いずれの看護配置についても、病床稼働率は低下傾向にある。

04

病院改革の成功事例に学ぶ。

LINKED 医師不足を契機に問題が露呈し、医療制度のなかで病院経営がより深刻になるという、今、多くの中規模自治体病院が直面している経営危機を、小倉先生は10年以上前に経験されました。そのとき、どうやって乗り越えたのかお聞かせいただけますか。

小倉 いろいろ挑戦しましたが、ベースにあったのは、発想の転換です。少し極端な言い方ですが、それまでは自分たちの「やりたい医療」を提供していました。そうではなく、地域のなかに、どんな医療が足りないのかを考え、自分たちが「やらなければならない医療」に目を向けたのです。

LINKED やらなければならない医療とは…?

小倉 地域に不足している医療です。地域に多い疾患と近隣の病院の医療機能を分析し、自分たちが何を提供すれば、不足している医療を埋められるか考えました。そして、その分野に医師や設備などの医療資源を投入することにより、病院の柱となる診療部門を育てていきました。例えば、呼吸器センターや消化器内視鏡治療センターの開設などです。

LINKED なるほど、他病院の医療機能を見て、新たな競争を招く領域ではなく、あくまでも地域に不足している医療をと、お考えになったのですね。それに併せて、自治体病院では珍しく緩和ケア病棟、訪問看護ステーションを開設されましたね。

小倉 緩和ケア病棟は時の首長の深い思いから計画されたことですが、いざ病棟ができると、地域の人々に非常に喜ばれました。急増するがん患者さんを支える緩和ケア医療は、まさに地域に不足していたものでした。

LINKED 訪問看護ステーションも不足していたのですか。

小倉 はい、不足していました。私は早くから訪問看護の必要性を感じていました。当時、外来で診療していると、要介護の認定を受けていない高齢者がたくさんいたんですね。これは、病院を受診する前に、在宅医療チームが地域の高齢患者さんに個々にアプローチしていくべきだろうと考えました。それが、訪問看護室から格上げして、訪問看護ステーションを作ったきっかけです。

LINKED 組織作りの面ではどのようなことに注力されましたか。

小倉 とにかく医師不足でしたので、医師の負担を軽くするように、他の職員がみんなでサポートする仕組みを作りました。例えば、検査技師や放射線技師が行った超音波やCT、MRIなどを技師の立場から読影し、所見を医師に提供して、読影精度の向上を図るとともに、医師の負担軽減に努めています。また、職員のモチベーションを高めるために、人事評価制度も導入しましたね。やる気のある人を評価することで、院内に活気が生まれました。特筆すべきことは、病院食を担当している調理員を医療職ととらえ、人事評価制度の一員に加えたことでしょうか。

LINKED そうした施策の数々が、経営の健全化にも繋がり、赤字体質の脱却を実現されたわけですね。

小倉 ええ。それらに加えて、職員一人ひとり経営者意識を高めることにも注力しました。就任当時、職員たちは受け身の姿勢で、診療報酬改定に対しても全く準備していませんでした。それでは、収益を適正に確保することはできません。事務方を中心に職員みんなが、診療報酬改定を理解し、病院経営に協力するように働きかけました。そして、病院事務方の充実を図るため、早くから、診療情報管理士を病院独自で採用できるようにしたことも、忘れてはなりません。

LINKED なるほど。地域医療のニーズを直視し、足らない領域に焦点を当て、組織体制を見直す。まさに当時の松阪市民の生活に、必要だったからこそ、結果を出すことができたということですね。

05

新しい存在価値=
地域連携・協業の調整役となる。

LINKED 小倉先生の病院改革の手法を見ると、自分たちが見失いかけていた役割や使命をもう一度確認し、病院のアイデンティティ(存在価値)を再構築したといえそうです。これからの地域医療の公益性と自治体病院のあり方を考える上で、改めて、必要なのはどのような視点でしょうか。

小倉 まずは、地域医療全体を真剣に見つめることです。地域医療のなかで、自分たちがどうすれば、価値ある存在になれるかを考える…と言いますか。

LINKED なるほど、別の言い方をすれば、「地域医療の最適化」をめざす、ということでしょうか。地域の人口構成や医療ニーズを把握し、同じ地域にある他の病院の医療機能についても理解した上で、地域に足りない医療は何かを考え、そこの部分を埋めていく…という。

小倉 ええ、そう言っていいと思います。これまで自治体病院の多くは急性期を中心に、自分たちの得意な診療科に力を注いできました。そうではなく、地域ニーズのなかにこそ、自分たちの新しいアイデンティティを見出していかねばなりません。

LINKED 例えば、地域によっては、「サブアキュート(※4)を受けてくれる病床が足りない」「在宅医療の支援体制が整っていない」など、さまざまなものが不足しています。そこの部分を率先して調整していくことこそが、これからの自治体病院に求められる<公益性>なのではないでしょうか。

小倉 まさに、その通りですね。それこそ採算性などの面で、民間病院では提供できない部分があるとすれば、それが公益性の高い医療ならば、行政サイドも自治体病院の経営を財政的に支援し、税金を原資とする繰入金(収支不足を補塡するために充当される資金)などが投入されることに、広範な同意が形成されるでしょう。

LINKED 逆に言うと、民間病院ができるところは、民間病院に任せる。公立病院は、公立病院がやるべきところをやる、ということですね。

小倉 そうですね。また、自分たちだけで、地域に足りない医療を埋めることが無理ならば、他の病院と連携して取り組めばいい。さらに、例えば、看護師や栄養士などを地域に派遣して在宅医療を支援するなど、地域医療への貢献の仕方はいろいろあると思います。

LINKED なるほど。施設を超えた人材派遣や人材交流もキーワードになりますね。

小倉 病院を取り巻く経営環境が厳しさを増し、病院間の競争が激しくなっています。でも大切なことは、自治体病院は、病院間競争から一線を画さないといけないという点です。<競争ではなく、協業>です。地域医療の公益性を守る、という視点を持ち、自治体病院がさまざまな医療機関や介護施設と手を結び、市民生活のために繋いでいくべきだと思います。

LINKED それが実現すれば、本当に素晴らしいですね。

小倉 そのためにも、地域ごとに開催されている「地域医療構想」の話し合いの場において、自治体病院が率先して調整役を担っていくべきだと思います。

LINKED なるほど。自治体病院が地域連携・協業の調整役となって、地域医療の最適化をめざしていく。その活動が、地域医療の公益性を守ることに繋がっていくというわけですね。

小倉 こうした厳しい環境において、悩み、苦しみ、それでも新たな一歩を踏み出そうとしている、中規模自治体病院があります。ただ、院長ひとりがそう決意しても、病院全体が動かなければ、また、地域の人々がその想いを理解して応援しなければ、物事は進みません。皆さまからの広範な理解と行動を期待したいですね。

LINKED 今回のLINKED記事が一つのきっかけとなり、院長たちの思いを後押しできれば、うれしく思います。本日はありがとうございました。

※4. 在宅や介護施設などで症状が急性増悪した状態

Human’s eye

ヒューマンズアイでは有識者にも話を聞いてみました。

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