「ずっと安心」を実現するために

地域医療の正義の見方
Series 2

基幹病院の
新たな役回りを考える。

超高齢社会を迎え、医療が変わり、病院のあり方が変わろうとしている。その変革は正しい方向へ向かっているだろうか。そんな問題意識を持って地域医療の今を見つめる「地域医療の正義の見方」シリーズ。第1弾では、自治体病院のあり方を通じて、地域医療の公益性を考えた。第2弾では、地域医療の中核を担う基幹病院の新たな役回りについて、名古屋第二赤十字病院の前院長、石川 清氏とともに考えてみたい。

Advisor

名古屋第二赤十字病院 前院長
石川 清
Kiyoshi Ishikawa

昭和45年 名古屋大学工学部航空学科卒業。昭和52年 名古屋大学医学部卒業。昭和61年 カナダトロント大学留学、平成元年 名古屋市立大学病院 集中治療部助教授、平成6年 名古屋第二赤十字病院 麻酔科・集中治療部長、平成13年 副院長・救命救急センター長、平成19年 院長、平成30年 名誉院長。長年に亘り麻酔・集中治療、救急医療、災害医療、国際救援に尽力し同院を牽引した。現在は、愛知県清須市にある佑愛学園[リハビリの短期大学、リハビリクリニック、こども園(来年開園予定)を保有]で、「地域のお年寄りを元気にする」というビジョンを掲げ、地域医療構想の最前線で活躍している。現職は愛知医療学院短期大学 副学長(平成31年4月から学長)。

名古屋第二赤十字病院 前院長 石川 清 氏

KEYWORD

本稿では、病院を大きく〈基幹病院〉と〈治し支える病院〉にわけて話を進める。

01

基幹病院の入院期間がさらに短縮。

突然、退院しろと言われても

LINKED編集部(以下、LINKED) 超高齢社会に伴う医療費の高騰を抑えるために、国は地域医療の提供体制を大きく変えようとしています。病院中心の医療から在宅中心の医療に転換すると同時に、地域包括ケアシステム(※1)を構築し、地域全体で在宅療養する人々を支えていくようなビジョンを描いています。

石川 そうですね。その体制を実現するために、都道府県ごとに地域医療構想(※2)の策定が進められています。各病院は自分たちの専門性や特性を考えて自院の立ち位置を決め、地域で役割分担と連携を広げていこうとしています。

LINKED 病院同士が役割分担して連携することによって、どのような効果が期待できるでしょうか。

石川 患者さんの症状にあった適切な医療を効率良く提供し、一日も早く入院患者さんを在宅復帰へ導くことが期待されています。

LINKED 地域医療の中核を担う基幹病院は、そうした地域医療再編をリードする立場にあると思いますが、近年の変化をどのように感じていらっしゃいますか。

石川 やはり入院期間の短縮化を実感しています。患者さんのなかには、〈追い出された〉という印象を持つ方もいますし、〈まだ転院したくない〉という方もいます。そういう不安や不満にどう対応していくかが、基幹病院の大きな課題になっています。

LINKED それは、平成30年度診療報酬改定(※3)の影響もありますか。

石川 それも大きいでしょう。診療報酬改定では、急性期病院に入院できる重症度の要件を厳しくして、さらに入院日数も短くなるように誘導しています。その結果、たとえば、基幹病院に救急搬送された患者さんも、重篤な状態を抜け出し、症状が少し落ち着くと、すぐ次の病院、すなわち〈治し支える病院〉へ転院しないといけなくなっています。

LINKED まだまだ治療や看護が必要な状態でも、次のステージへ送り出すというのが当たり前になってきたということですね。

  • ※1 地域包括ケアシステムは、高齢者が住み慣れた地域で暮らせるように、「住まい・医療・介護・予防・生活支援」の5つのサービスを一体的に提供する仕組み。
  • ※2 地域医療構想は、団塊の世代が75歳以上になる2025年の医療需要(患者数)を予測し、そのときに必要な医療機能を考え、在宅医療ニーズも含めて最適な地域医療の形を組み立てるもの。具体的には、病院の病床(入院ベッド)の機能を「 高度急性期・急性期・回復期・慢性期」の4つに分け、構想区域ごとに必要な病床数を定めていく。
  • ※3 診療報酬は、病院の収入(売上)となる点数のこと。通常2年に一度改定(見直し)される。

02

治し支える病院への転換が遅れている。

病病連携・転院がうまくいっていない様子

石川 入院期間は短くなっていますが、必ずしも、すべての転院がスムーズにいっているわけではありません。

LINKED それはどうしてですか。

石川 一言で言えば、基幹病院と治し支える病院の連携が、まだまだ不充分だからだと思います。

LINKED 基幹病院と治し支える病院の連携が進まない原因はどこにあるのでしょうか。

石川 第一に、治し支える病院への転換が遅れています。これまで二次救急や幅広い急性期領域に対応してきた病院が、一般病床(急性期医療を提供する病床)の一部を地域包括ケア病床(※4)に転換し、複数の医療機能を持つケアミックス型の体制へシフトしています。ところが、その新たな体制をフルに活かすための医師の配置や仕組みづくりがまだ追いついていないように感じています。

LINKED 医師の配置や仕組みづくりとは?

石川 医師については、治し支える病院では、専門性に特化した医師よりも、患者さんの全身を診て総合的に診療できる医師(内科系)が必要ですが、その数が圧倒的に不足しています。その充足を図ると同時に、少ない医師数でも充分な医療を提供できるように、多職種で患者さんを支える仕組みづくりが必要です。

LINKED もし、このまま治し支える病院への転換が進まないと、基幹病院はどうなるでしょうか。

石川 症状の落ち着いた患者さんを送り出す先が整わなければ、入院ベッドが満床となり、新たな救急患者さんや重篤な患者さんを受けられなくなります。基幹病院の診療機能が低下しますから、地域医療全体に与える影響は決して小さくありません。

  • ※4 地域包括ケア病床は、平成26年度診療報酬改定で新たに作られた病棟カテゴリー。急性期の治療を終えた患者さんを受け入れ、在宅生活への復帰を支援すると同時に、在宅で療養する患者さんの急性増悪時の受け入れをも担う。

03

患者さんの流れを軸にして協業する。

患者の流れ

LINKED 治し支える病院への転換が遅れていることはわかりましたが、それでも、超高齢社会は待ったなしです。地域の病院は、手をこまねいて見ているわけにはいきませんね。

石川 大切なことは、別々の組織である病院が、患者さんの流れを軸に、同じ目線、同じ価値観を持って協業していくことだと思います。

LINKED 患者さんの流れとは?

石川 基幹病院から治し支える病院を経て、在宅復帰するまでの流れです。患者さんの医療は、もはや一つの施設では完結しません。患者さんが次々とステージを移っても、医療機関や施設が患者さんの情報を共有して密に協業すれば、患者さんに切れ目のない医療や看護を提供できます。

LINKED 具体的にはどんな協業が考えられるでしょうか。

石川 すでに稼動している仕組みとして、地域連携パスがあります。これは、疾患別に、急性期から回復期を経て早期に自宅に帰れるような診療計画を作成し、関係する医療機関・在宅支援事業所で共有して用いるものです。

LINKED 基幹病院から、治し支える病院、在宅医療チームへと、タスキを渡していくイメージですね。

石川 そうです。その他、最近の動きとしては、入退院支援に力を入れる病院も増えてきました。これは、入院することが決まった時点から患者さんにアプローチし、退院後の生活を見据え、どんな問題があるかを把握し、多職種で問題解決を図っていくものです。

LINKED 最近はご高齢の一人暮らし、老老介護のご夫婦も多くいらっしゃいます。そういう場合、入退院支援は欠かせないサポートになりますね。

石川 本当にそう思います。また、ここまで病院から在宅への流れを支えるお話をしてきましたが、実は逆方向の流れもあります。

LINKED 逆方向と言いますと…?

石川 在宅療養されているご高齢の方は、いつ病気が急変するとも限りません。そのとき、再び、病院がスムーズに受け入れなくてはなりません。まずは、治し支える病院が患者さんの入院を受け入れ、そこで対応できない疾患の場合は基幹病院へ繋ぐという、逆方向の連携強化も重要です。

COLUMN

患者さんの流れを軸にした地域医療連携

患者さんの流れを軸にした地域医療連携

04

基幹病院が担う新たな役割とは。

志、自己犠牲、がまんを示すもの。

LINKED 病院同士が協業するなかで、基幹病院はどのような役割を担っていくべきだとお考えですか。

石川 治し支える病院を積極的にサポートしていく役割だと思います。患者さんの流れを軸に連携を深めるなかで、治し支える病院が困っている部分が見えてきます。それを積極的に補完、カバーしていく役割を担っていくべきだと思います。

LINKED 具体的には、どんなサポートができるでしょうか。

石川 たとえば、医師の派遣を試行している基幹病院が出てきました。治し支える病院で、医師不足で困っている診療科があれば、その外来に非常勤医を送り込み、診療機能の保持をサポートする形ですね。派遣する医師の身分保障をはじめ、課題はありますが、こうしたサポートが広がっていけば素晴らしいと思います。医師の派遣は、本当は大学医局にお願いしたいところですが…。

LINKED 地域において最もリソース(人、物、金の資源)が集中する、基幹病院にしかできない支援ですね。

石川 はい。医師だけでなく、緩和ケアや皮膚・排泄ケアなど特定の領域に特化して、専門知識を持つ認定看護師を派遣するのも有効なサポートだと思います。その他、研修医が両方の病院で研修できるようにするなど、基幹病院にできることはいろいろあります。

LINKED そうした人材派遣は、診療報酬で評価されるものですか。

石川 いえ、すべて病院の持ち出しになります。だからこそ、いかにリソースを捻出するか、基幹病院の病院長は頭を悩ますところだと思います。

LINKED どうしたら、それが可能になるのでしょうか。

石川 まず考えられるのは、基幹病院同士の連携ですね。基幹病院は、特殊で専門的な急性期医療を提供するため、最先端の医療を求めて、遠方からも患者さんが来院します。つまり、一刻を争う救急搬送は除いて、予定入院の場合は診療圏がぐんと広がるわけです。

LINKED 患者さんは、複数の基幹病院のなかで医療を受けるところを選ぶわけですね。

石川 はい。基幹病院サイドから考えると、地域医療に責任を持つ病院だからといって、必ずしも、すべての診療領域で高度な専門性を追求する必要がない、ということになります。基幹病院であっても、自院の得意領域を定め、それ以外の専門医療は他院にお願いするといった、役割分担と連携を図ることができます。

LINKED 基幹病院同士の連携によって、どんなメリットが期待できるでしょう。

石川 たとえば、高額な設備投資の無駄を省くことができます。私は、すべての基幹病院が競って、高額なダヴィンチ(手術支援ロボット)、ハイブリッド手術室(手術室と心・脳血管X線撮影装置を組み合わせた治療室)などを、揃える必要はないと思っています。

LINKED なるほど。

石川 そうした最新鋭の設備を導入する際は、当然ながら多くの人材も投入されます。そのような重複する分野に人、物、金の資源を投入するのではなく、うまく調整を行い、〈治し支える病院〉にリソースを回すことができればいいと思います。

LINKED ただ、基幹病院としては、最新設備の導入はいい医師を確保するためにも欠かせない、という思いがあるのも事実です。

石川 そこは非常に難しいところですね。それぞれの病院がある程度、自己犠牲の精神で地域医療を見られるかというところです。私が院長時代に、職員によく言っていたのは、自分たちがやりたい医療ではなく、地域から期待される医療をやろうということでした。

LINKED 自分が自分が…というのではなく、地域全体のニーズを見極めることが大切なのですね。

石川 その通りですね。基幹病院は、自院のことだけでなく、地域のために自分たちは何ができるか、何をしなければならないか、それを真剣に考え、行動していかなくてはなりません。多少やせ我慢、というところもありますが、それぐらいの高い志を持てなくては…と思います。

LINKED 病院それぞれが志を持って地域医療の調和と安定に貢献していく。それこそが、未曾有の超高齢社会に突き進む日本の地域医療を守る、最大の処方箋なのかもしれません。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

Human’s eye

ヒューマンズアイでは有識者にも話を聞いてみました。

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