LINKED plus シアワセをつなぐ仕事
地域に受け皿がないなら、私たちが乗り出すしかない。
<市民>病院の訪問看護師の取り組み。
市川千恵子(訪問看護ステーション)・井田美香(地域連携課)/松阪市民病院
病院から在宅(地域)へと、医療提供体制の重点が移行するなか、
医療依存度の高いまま退院し、在宅療養する患者が増えている。
そうした医学管理の必要な患者を積極的に引き受け、
高度な看護技術を発揮しているのが、
松阪市民病院の訪問看護ステーションである。
その最前線で活躍する二人の訪問看護師に話を聞いた。
病気とうまく付き合いながら、在宅で穏やかに暮らしたい。そんな患者と家族の希望に応え、自宅で看護を提供する訪問看護。ときには、患者の人生のフィナーレに立ち会うこともあり、日々の仕事はかけがえのない体験の連続でもある。
「軍艦マーチで見送った患者さんのことが忘れられない」と語るのは、松阪市民病院の訪問看護ステーションで10年以上の経験を持つ井田美香(主任)である。「その方はご高齢の男性で、肺がんの末期でした。最期はわが家で過ごしたいという希望で、疼痛管理も含めて訪問看護に伺っていました。療養中も毎日のようにパチンコのゲームをされるほど、パチンコが大好きな方でした。そして、亡くなられた日、いよいよ、というとき、ご家族が用意していた軍艦マーチを鳴らしたんです。勇ましいメロディが高らかに響いて、ご家族も思わず笑顔になって...。『お父さん、喜んでくれたよね』とうなずき合って、みんなで泣き笑いしながら、お見送りしました」。
もう一人、同訪問看護ステーションの管理者、市川千恵子(看護師長)は、こんなエピソードを紹介してくれた。「40代女性のがん終末期の患者さんで、最初は『家族に負担をかけたくないから』と、当院の緩和ケア病棟への入院を希望されていたんですね。でも、お話をじっくり伺っていくと、ご本人には『本当は家に帰りたい』という思いがあり、ご家族には、思いを叶えることが本人にとっていいことなのか?という迷いがありました。入院か在宅か、ご家族も私も随分悩みました。そして、ご家族とともに、当院の医師や緩和ケア認定看護師、訪問看護師、在宅医(在宅医療を行う医師)、ケアマネジャー(介護支援専門員)などの多職種が集まり、検討に検討を重ねた結果、ご家族が在宅療養を決断。私たちもできる限りのサポートを約束しました。それからは毎日のように訪問してお世話させていただきましたが、その間も私自身、ずっと迷いが消えなくて...。ただ、ご本人が亡くなられたまさにそのとき、私と同じように悩み続けていたご家族から『家で看取れて本当に良かった』という言葉をかけていただいたんです。心の底からほっとしました」。このように、さまざまな人生のドラマに触れるのが、訪問看護師の仕事。「ご本人やご家族から学ぶものは計り知れない」「人生の勉強をさせてもらっています」と二人は口を揃えて言う。
同院の訪問看護ステーションは、平成15年12月に開設された。それまでも同院の医師による訪問診療に同行する形で一部、訪問看護を行っていたが、大々的に看護師を地域へ送り出す体制を作ったのだ。急性期病院が訪問看護ステーションを併設することは珍しく、実際、松阪地区では同院だけである。その狙いはどこにあるのか。「松阪市内や多気郡には、在宅医や訪問看護ステーションが少なく、特に医療依存度の高い患者さんを引き受けてくださるところがあまりありません。退院後も継続して質の高い看護が提供されるにはどうすればいいだろうか。いろいろ考えた末に、当院で訪問看護ステーションを立ち上げることになったと聞いています」と市川は説明する。
現在、同訪問看護ステーションでは、他の訪問看護ステーションで対応の難しい終末期や医療依存度の高い患者を中心に引き受けている。訪問するのは、いずれも急性期の看護に精通した看護師たち。必要に応じて院内のリソースナースも同行訪問している(詳しくはコラム参照)。訪問看護師たちは本人や家族の思いを丁寧に聞き取り、急性期病院で培った鋭い観察眼を光らせる。また、かかりつけ医の指示のもとで医療機器の管理や必要な医療処置を行い、急変時も「24時間連絡体制」で必ず対応。さらに救急医療が必要なときは病院に速やかに連絡できる。病状が不安定な患者にとって、これほど心強い存在はないだろう。
また、同訪問看護ステーションは、地域にある他の訪問看護ステーションとも連携を取るよう努力している。「たとえば、同院と他のステーションで医療依存度の高い患者を頻回に訪問し、安心して在宅療養を送っていただけるよう対応するケースもあります」と市川。松阪地区の在宅患者が困ることがないように、地域の限られた施設が連携を深めている。
急性期を脱して、在宅療養する患者を支えるために、同院では訪問看護ステーションだけでなく、病棟においても環境整備を進めてきた。それが、平成19年に開設された緩和ケア病棟(20床)だ。この病棟は在宅で療養するがん患者にとって、いわば「休息の場所」。在宅療養中に病状が悪化すれば、ここに入院し、痛みをコントロールして症状が落ち着いたら自宅へ帰る。緩和ケア病棟はそんな機能を担い、がん患者が病院と在宅を行き来しながら、安心して療養を続けられるように支えている。
さらに、同院では、新たに地域包括ケア病床(※)の設置について検討しているところだという。また、平成27年6月には、院内に居宅介護支援事業所(介護サービスを利用する際の窓口となる事業所)も開設する予定で、よりいっそう在宅療養を支援する機能を強化していく方針だ。「今後ますます増えることが予測される在宅患者さんを支えるために、市民病院として、何ができるか、何をすべきか。地域の医療ニーズを見極め、さまざまな角度から医療と生活を繋ぐ機能の強化を考えています」と同院の小倉嘉文院長は話す。
※ 地域包括ケア病床は、平成26年新設された病棟区分。急性期病床からの患者の受け入れ、在宅等にいる患者の緊急時の受け入れ、在宅への復帰支援、の3つの役割を担う。
病院全体が在宅医療支援に向けて動き出しているなか、井田は平成27年2月1日付で地域連携課に異動することが決まっている(取材時は、訪問看護ステーション所属)。地域連携課に配属後は、主に入院患者の退院調整を担う予定だ。この異動には、在宅医療に長けた井田を起用することで、急性期から在宅へのシームレスな流れを構築する狙いがある。退院調整とは、退院後も自宅で安心して療養できるように環境を整えていく業務。井田は病棟看護師や医療ソーシャルワーカーなどと協力し、退院支援の必要な患者を早期から支え、在宅へと繋いでいく。そのなかで、病棟看護師が在宅医療・介護の視点を持って看護するように教育する役割も担う。
市川は、そんな井田の活躍が、「個々の患者さんの在宅を見据えた病棟看護に繋がってほしい」と、期待を寄せる。同時に市川は、井田が抜けた後の同訪問看護ステーションの強化についても思いを巡らす。「在宅医療資源の少ない地域特性を見たとき、やはりその足らない部分を私たちが支えていかなくてはなりません。ただし、当然、私たちだけではキャパシティが限られます。訪問看護ステーション同士の<横の繋がり>を持って、地域の限られた医療資源の最大化を図っていきたいと思います」。
急性期医療と在宅医療の架け橋を担う、訪問看護師たちの活躍。その看護力をフルに活かしながら、同院は市民病院としてできることに着実に取り組み、在宅医療支援に力を注ぐ。その先に、すべての市民が住み慣れた生活の場で暮らしていける未来を見つめて。
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