LINKED plus

LINKED plus シアワセをつなぐ仕事

患者さんのこころを
輝かせるがん看護を。

辛い思いに寄り添い
その人らしく「生きる」を支えていきたい。

竹内亜由美(副看護師長 がん化学療法看護認定看護師)
公立西知多総合病院

がん医療の目覚ましい進歩により、
がんとともに社会生活を送ることが可能になってきた。
しかし、がんは身体だけでなく心に大きなストレスをもたらす。
深い絶望感、治療や生活への不安、気持ちの落ち込み...。
そんな揺れる心に寄り添い、勇気や希望を引き出していく。
化学療法の最前線でがん患者に寄り添う看護師の姿を追う。

抗がん剤治療中も好きな場所に出かけ
人に会う勇気を引き出すアピアランス支援。

平成28年3月下旬のある日、公立西知多総合病院の会議室に、同院で抗がん剤治療を受けている女性患者が集まっていた。デスクの上には卓上ミラーと化粧品セット。化粧品メーカー担当者による〈カバーメイク体験会〉が開催されたのである。カバーメイクとは、専用の化粧品を用いて、傷跡やあざを目立たなくする技術。抗がん剤の副作用による皮膚の黒ずみやシミ、眉毛の脱毛も、ほとんどわからないほど目立たなくなる。「あ、シミが消えた」「お肌が明るくなったみたい」。最初はしんと静まり返っていた室内だが、メイクが完成するにしたがい、うれしい声が次々に飛び出した。

このセミナーを企画したのは、がん化学療法看護認定看護師(※)の竹内亜由美(副看護師長)である。「抗がん剤の治療中は、どうしても副作用の影響で外見が変化します。そのため、外に出るのがおっくうになり、家にこもってしまう人が多いんですね。それでは社会との接点も失われ、その人らしい生活を続けられません。〈何か解決策はないだろうか...〉と思っていたところ、学会でカバーメイクによるアピアランス(外見)支援の有効性を知り、企画しました。皆さんのイキイキとした表情を見て、本当に良かったと思いました」と笑みをこぼす。

※ がん化学療法に特化した知識と技術を持ち、安全な投与管理、副作用症状の管理などを担う。

カバーメイク体験とともに、竹内がこの会に期待したのは、患者同士の交流だった。「患者さん同士が話し合うことはすごく大事。悩んでいるのは自分だけじゃないってわかりますから...」。そんな竹内の狙い通り、メイク完成の後は、打ち解けた雰囲気で日頃の悩みを打ち明けあった。

かつて、抗がん剤治療は入院して受けるものだった。しかし、吐き気・おう吐などの強い副作用を抑える支持療法が発達し、患者の身体的な負担が軽減。病状やがんの種類によっては、入院しなくても、生活しながら抗がん剤治療を続けられるようになった。だからこそ「看護師には、患者さんの日常生活を支える視点がより重要になってきた」と竹内は言う。「たとえば、コンサートによく出かける人、編み物が好きな人、畑仕事をしたい人、いろいろな患者さんがいらっしゃいます。がんの治療を続けながらでも、そういった楽しみを続けられるようにサポートするのが、私たちの使命だと思っています」。

化学療法の正しい知識を
院内のスタッフへ
そして、地域へと広げていきたい。

竹内は今、外来化学療法室での勤務を中心に、がん患者を支えている。仕事で大切にしていることは、患者とのコミュニケーション。外来化学療法室では患者がリラックスして点滴治療を受けられるよう支えるとともに、さりげない会話を大切にしている。「症状や日常生活で変わったことがないか、小さな変化も察知するよう努めています。何か問題があれば一緒に解決策を考えますし、掘り下げて聞いていくと、〈実は治療を中断したい...〉といった本音がぽろっとこぼれることもあります。なかなか口にできないそういう思いを主治医に橋渡しすることも、大事な役目ですね」。

同院には現在、がん化学療法看護認定看護師が2名。もう一人は病棟に配属され、入院患者のがん化学療法を支えている。竹内は今後の目標として、「二人が持っている専門知識を、院内にもっと広げていきたい。将来的には、院内だけでなく、地域の訪問看護師の方々にも役立つ知識を伝えていきたいと考えています」と目線を広げる。抗がん剤の種類が増え、それだけ副作用や対処法も多様化している。その最前線の知識を、院内の職員、そして患者にも提供できるようなパンフレット作りも、目下、進めているところだ。

その一方で、冒頭で紹介した患者の集まりもどんどん企画していきたい考えだ。「1回目はカバーメイク体験会でしたが、切り口を変えて、患者さん同士がわいわいおしゃべりできる場を用意したいですね」。竹内が仕掛けたこの集いは〈さくらサロン〉と名づけられ、看護局で運営していくことになった。がん患者に限定せず、患者の交流の場を継続的に作っていく方針だという。病気と闘う患者を、決して一人きりにしない。その思いを看護局全体で共有し、生きる力の支援に全力を注いでいこうとしている。

「十余年前、父が抗がん剤の副作用で苦しみ、無気力になっていく姿を見て、何もできなかった。それが、化学療法のスペシャリストをめざした原点です」という竹内。そのときの無念があるから、竹内は今、患者一人ひとりの思いにどこまでも寄り添う。

  • 公立西知多総合病院は、東海市民病院と知多市民病院を統合し、平成27年5月1日に開院した。それまで二つの市民病院では、どちらも深刻な医師不足により、各診療科で充分な医療を提供できない状況だった。その二つが統合することによって、地域の医療資源(人材、設備など)が集約され、がんに対する診療機能も大幅に充実。消化器、呼吸器、婦人科領域など、多様ながんにしっかり対応できるようになった。
  • また、本文で紹介した外来化学療法室(17床)のほか、緩和ケア病床(20床)も整備。さらに近い将来、放射線治療部門も動き出すことが決まり、手術、放射線治療、化学療法、緩和ケアの4つの治療法を柱とした総合的な診療体制がスタートする。以前は専門的な治療を求めて、遠方へ足を運ぶがん患者も多かったが、今後は同院が知多半島北西部の中核病院となり、がんの初期から終末期の治療まで担っていく計画だ。

人生の物語に寄り添う
看護の大切さ。

  • 日本人の二人に一人が、がんにかかる時代。もはや、がんは特別な病気ではなく、最新の治療で病状をコントロールしながら、がんとともに生きることができるようになってきた。そこで求められるのは、患者の人生に寄り添う看護であることを、今回の取材を通じて、あらためて実感した。患者一人ひとりの話に耳を傾け、背景にある生活や仕事、価値観、生き方を探り、本人が治療を受けながらでも人生を楽しんでいくようサポートしていく。公立西知多総合病院で実践されているように、その人の生き方を重視する看護が、生きる勇気や希望を与えるのだ。
  • 患者の人生のナラティブ(物語)に耳を傾ける医療を、〈ナラティブ・ベイスト・メディスン〉というが、それを率先して実践できるのは、患者に最も身近な存在である看護師に他ならない。患者との対話を大切に、それぞれの人生の物語にそって、生きる力を高めていく。そこにこそ、看護の本質があるように思う。

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