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LINKED plus 病院を知ろう

地域のなかで、認知症ケアを確立する。

普段の生活に帰ってもらう。
そのための、認知症ケア。

独立行政法人労働者健康安全機構
中部ろうさい病院

〈認知症のために入院治療がはかどらない。入院を機に認知症が悪化した〉。
高齢患者が増えるなか、急性期病院にとっては、大きな問題となっている。
いかに、認知症による疾患治療への支障を無くし、入院による認知症の進行を食い止めるか。
名古屋市港区の中部ろうさい病院では医師、看護師らがチームを組み新たな挑戦を始めた。

医学管理、リハビリテーション、
そして何より看護ケア。

中部ろうさい病院の認知症ケアチーム。メンバーは、医師・看護師・薬剤師・MSW(医療ソーシャルワーカー)・作業療法士である。認知症によって引き起こされる興奮や混乱、徘徊などの行動・心理症状により、本来の身体的治療に支障をきたしやすい患者に対して、主治医や病棟看護師と協力し入院療養環境の支援を行う。

具体的には、チームによる回診と話し合いを基に、認知症を持つ人への対応方針の決定、具体的なケア計画の策定とその実施、リハビリテーションによる症状の軽減と心身機能の低下予防、薬物療法の適否、そして、円滑な退院支援や在宅療養に向けた援助などを行う。リーダーは、神経内科部長の亀山 隆医師だ。

亀山は、「認知症を持つ人の多くは、複合疾患を抱えています。神経内科では、そうした身体合併症を含め全身管理をしています」と言い、こう続けた。「高齢者にとって、入院治療自体が大きなストレスです。なかでも認知症を持つ方々には、入院によって症状が悪化することのないよう、薬剤管理を含めた医学管理やリハビリテーションに注力しますが、実は一番大事なのが、看護ケアなんです」。

その看護ケアを担うのは、滝沢なぎさ認知症看護認定看護師である。病気は治ったのに、認知症が進み自宅に帰れなくなる患者の存在が、彼女にとって大きな心の痛みとなり、「専門的な勉強をしたい」と思い認定資格を取得した。現在は、認知症を持つ入院患者の情報収集、チームへの情報伝達、チームによる回診、実際的な認知症看護の提供、また、病棟看護師への指導、要請のあった病棟での勉強会開催など、活動は多岐にわたり、認知症ケアチームの中心的役割を担う。「認知症看護は、症状だけをとらえるのではなく、患者さんがなぜこういう行動を取るのか、何を伝えたいのかなど、すべてを患者さんの立場に立って考えることが大切ですね。それを病棟看護師のみんなに知ってほしい、学んでほしい。ですから院内での指導、教育には力を入れています」と滝沢は言う。

その成果は出始めた。「病棟看護師が、認知症を非常に意識するようになりましたね。軽度の段階でも認知症の有無を判断し、滝沢看護師の指導で得たノウハウで対応しようとする。薬を使っての過度な鎮静や事故を防ぐための抑制などが随分減りました。意識・技術・経験が上がっています」(亀山)。

亀山医師は言う。「認知症〈患者さん〉というと、いかにも病人。たまたま脳の機能が落ちるだけで、近眼で視力が落ちるのと同じ。必要なのは、医師が、看護師が、いや、すべての人が、認知症を正しく理解すること。正しくケアをすれば、認知症の悪化は食い止められます」。

尊厳が守られ、穏やかに暮らす。
そんな地域を見つめて。

厚生労働省は、2025年には認知症の人が約700万人を数えると推計している。これは65歳以上の高齢者のうち、五人に一人の計算。高血圧、糖尿病に次ぐ一般的な病気となるのだ。しかし、ごく一部を除き認知症の治療法は確立されていない。

そこで浮上するのが、前述した急性期病院での主疾患治療への影響だが、中部ろうさい病院の認知症ケアチームが問題視するのは、それだけではない。急性期を脱した後の問題である。例えば、回復期では積極的なリハビリテーションが大切だが、同時に専門的な認知症ケアを行わなければ、認知症による諸症状が妨げとなり、限られた期間で効果的なリハビリテーションは難しい。そのため回復期の病院は、そうした患者の受け入れを避ける。また、療養専門の病院、精神科の病院に転院した場合は、充分なリハビリテーションが望めない。結果、患者は寝たきり状態となり、その人の尊厳は奪われていく。

亀山医師は言う。「認知症の進行を緩やかにする手立てはあります。つまり、人の脳は、使わないとどんどん機能が衰えます。それを防ぎ、少しでも日常生活の維持を図っていくこと。先ほど、看護ケアが一番大事と言ったのは、身近にいる人が、患者さんの状態に合わせ、生活が不活発にならないように働きかけることが大切だからです」。なるほど、使わない機能は衰え、衰えるとさらに使わず、という悪循環を生むのだ。

「私たちチームは、当院で認知症を進ませてなるものかと、努力を重ねています。でもそれだけではだめなんです」と亀山は言う。「当院のすべての医師が認知症を理解する。第二第三の滝沢看護師を育てる。院内全体に理解を広げる。そしてさらにその先では、地域全体に目を向ける必要があります。今後は、私たちも地域とともに認知症を学ぶ機会を設けていきたい。すべての人が認知症を理解し、地域全体で認知症の人を見守る。高齢社会では不可欠なことと考えます」。

滝沢看護師は言う。「認定資格を取る前は、自分の視点で認知症を見ていました。暴れるなら寝てもらおう。夜になったら寝かしつけよう。でも今は違う。すべては認知症を持つ人の側から考える視点に変わりました。認知症看護は、看護の原点。自分の看護観が、すべて出ます」。

  • 認知症という病気を説明するのは難しい。あえていうと、高次の脳機能全般が衰えることで発症する。主なきっかけは、不活発、不活動。体を動かさずにいると、脳への刺激が少なくなり、知的能力の低下を引き起こす。
  • 症状は二つある。脳細胞の破壊により直接起こる中核症状(記憶障害、判断力障害、問題解決能力障害等)と、行動・心理症状(BPSDと言われる、暴言や暴力、興奮、昼夜逆転、徘徊、妄想、幻覚等)だ。中核症状は、認知症になれば誰にでも現れるのに対して、BPSDは、周囲の人との関わりによって起きるため、その人の置かれている状況によって現れ方は異なる。
  • 亀山医師は、「認知症を悪くさせないということは、BPSDを悪くさせないことだ」と言う。例えば、記憶障害がかなりひどくても、穏やかに療養生活ができている人もいる。そのため、患者と話をし、様子を観察し、BPSDを悪くさせないことに主眼をおいたケアを組み立てるという。

無理解と行動抑制が、
認知症を持つ人の行き場を奪う。

  • 中部ろうさい病院の認知症ケアチームには、認知症を持つがゆえに〈行き場〉を失う人たちに対して、少しでも本人の望む生き方ができるようにしたい、という思いと決意がある。
  • そのための過程として、急性期だけではなく、それ以降の病期、さらには在宅までの視線を持ち、まずは院内で、そして、地域へと進んでいくことを目標とする。活動はまだ端緒についたばかりではあるが、目先だけのことではなく、認知症を持つ人を何とか地域に戻す、言い換えれば、地域で受け入れられるための活動といえよう。
  • 亀山医師は、「問題の根源は、認知症に対する無理解と広い意味での行動抑制だ」と言う。確かに解らないがゆえに、軽度の段階を見過ごしたり、また、過度な安静を重視したりすることは起こり得る。
  • 高齢社会では避けて通れない認知症。その事実を、地域医療の中核を担う中部ろうさい病院は、真正面から見つめている。

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