LINKED plus

LINKED plus シアワセをつなぐ仕事

認知症の人の
心の声を聴く。

認知症になっても穏やかに過ごせるケアを
病院全体で実践したい。

小幡志津 認知症看護認定看護師
トヨタ記念病院

正常だった脳の働きが低下し、さまざまな精神症状や徘徊、暴言などの行動をもたらす認知症。
その認知症をケアするスペシャリストが、トヨタ記念病院にいる。
認知症看護認定看護師の小幡志津である。
主疾患の治療を使命とする高度急性期病院で、
認知症の人の心に寄り添う看護を展開する彼女の姿を追った。

関わり方一つで患者の反応は変わる。
その気づきが院内の認知症ケアを進化させる。

その日、認知症看護認定看護師の小幡志津は、トヨタ記念病院内の病棟で患者の体拭きのケアを実践していた。その患者は、病棟の看護師が何度、体を拭こうとしても嫌がり、大声で怒ってしまう。ほとほと対応に困った病棟から、小幡に連絡が入ったのだ。小幡は患者と目線を合わせながら穏やかに話しかける。「今から、体をきれいに拭いていいですか」「さっぱりしますよ」「温かいタオルですよ」。小幡は短い言葉でゆっくり話し、体を拭くことを伝えていく。状況が分かってくると、その患者はしだいに心を開き、落ち着いてくる。温かいタオルを体にあてると、気持ち良さそうな表情を見せてくれた。「少し時間はかかりますが、患者さんが理解できるようにすれば、ちゃんとケアできます」と、小幡。また、話し方にもコツがあるという。「長い文章を理解できる認知機能が弱まっているので、途中で分節を区切って、患者さんの反応を見ていきます。そこで伝わっていなければ、言い方を変えるなどして伝えていきます」。患者の心をうまくつかむ小幡のケアを、若い看護師たちは驚きと尊敬のまなざしで見つめた。

小幡は、認知症・せん妄サポートチーム(詳しくはコラム参照)の一員として、全病棟をラウンドするほか、この事例のように、病棟から依頼を受けた患者や気になる患者のもとへ足を運ぶ。小幡が認知症看護のリーダーとして、こうした指導を始めてから約10カ月が過ぎた。病棟にはどんな変化があっただろうか。「患者さんへの声かけ一つにしても、変わってきたと思います。たとえば、安静が保てず歩き出してしまう患者さん。以前は〈動くと転ぶから、一人で動かないでください〉と言っていたんですが、今では〈どうされました。何をしたいですか〉と聞けるようになってきました。その結果、〈穏やかに会話ができるようになった〉〈身体拘束が減った〉という報告も届いています。接し方を工夫すれば、患者さんの反応が変わることに気づいてきたんだと思います」と小幡は満足そうに語る。トヨタ記念病院は重篤な急性期疾患を治療する高度急性期病院。主疾患の治療を最優先に考え、患者の生命と安全を守るためにやむを得ず、行動を抑制するケースもある。しかし、抑制を少しでも減らすことで、患者のQOL(生活の質)を守ろうという意識改革が着実に進んでいるのだ。

認知症になってもその人の本質は変わらない。
患者の心の声を聴く看護を実践していく。

小幡が認知症看護に関心を持ったのは、まだ新人の頃。夜間に混乱して歩き回る高齢患者を担当したのがきっかけだった。「その患者さんはよく激する方でしたが、私が笑顔で声をかけると落ち着くので、信頼されていると思っていたんです。その矢先、その方が夜間に暴れてしまい、スタッフ総出で体を抑えて拘束することになりました。私は遠巻きに見守っていたのですが、患者さんは体を抑えられながら、じっと私を見て、〈何でだ?〉という目で訴えたんです。自分のことを分かってくれていたはずの看護師に裏切られたと思ったのでしょう。これまで築いた信頼関係が音を立てて崩れていくようでした」と、小幡は振り返る。

それから十数年後、小幡はキャリアを極める道として、認知症看護を選んだ。半年間の学びで得た収穫は、認知症になっても、その人の本質は変わらないと知ったこと。「それまでの私は、認知症だから、自分の思いも分からなくなってしまうのでは、と考えていましたが、それは大きな間違いでした。認知症になっても、その人の思いや人生は変わらない。だから、その思いを聞き取り、理解することこそ重要だと学びました」。小幡は今、病棟での指導や勉強会を通じて、看護師たちにこう伝える。「患者さんがなぜ大声を出すのか、眠れないのか。その理由を考えてほしい。その人の気持ちを知ろうと努力することで、患者さんの反応は必ず変わるから」。

こうした実践的な看護指導とともに、小幡は今、認知症を持つ患者の退院後にも目を向け始めている。「認知症だから元の場所に戻れない、望む生活に帰れない、ということがないように、病院から在宅へしっかり繋いでいきたいと思います」。小幡は患者一人ひとりの思いに寄り添い、それぞれの人生をサポートしていこうとしている。

小幡はたまの休日に、市内の認知症カフェ(認知症の人や家族が気軽に行ける集いの場)に足を運び、ボランティアとして相談に応えている。「認知症の人の暮らしを知るとともに、地域の人との繋がりも作りたいと思って...」と、小幡。その熱心な姿勢が、日々の看護実践や指導に活かされている。

  • トヨタ記念病院では、認知症・せん妄サポートチーム(DST)を結成。入院患者で認知症を持つ人、せん妄(環境の変化などから混乱した状態に陥ること)の症状がある人をチームで支援している。小幡看護師は、そのチーム活動のまとめ役として、病院全体の認知症対応力の向上に貢献している。
  • チームのメンバーは、神経内科医師、精神科医師、集中治療科医師、病棟の看護長、認知症看護認定看護師、集中ケア認定看護師、医療安全専従看護師、社会福祉士、薬剤師、理学療法士、作業療法士、事務職と、多彩な職種が顔を揃える。これらの面々が週に1回、全病棟をラウンドし、対象となる患者を評価して、予防やケアについて提案を行っている。また、各病棟にDSTの活動を病棟に繋ぐためのリンクナースを配置。チームメンバーとリンクナースが集まって、週に1回症例検討会を開き、情報共有を図っている。

「認知症だからできない」を
可能な限り減らしていく。

  • 高齢者の増加に伴い、認知症有病率も増えている。認知症になると、うまく思いを伝えられなくなったり、記憶の障害から、行動できる範囲も制限されてしまう。そうしたことから患者本人も混乱し、しばしば感情を爆発させてしまう。私たちはともすれば、そんな人を見て、「認知症だからできない、分からないのは当たり前」と受け取ってしまう。だが、小幡は「認知症になったからといって、何もかもできなくなるわけではない。本人ができること、したいことは必ずある」と強調する。
  • トヨタ記念病院は、そうした認知症の人の心の声を聴き取るケアを実践することで、「認知症だからできない」ことを一つでも減らし、できる能力を維持するようサポートして、在宅への道筋を作っていこうとしている。認知症を持ちながら在宅で暮らす人がさらに増える時代、同院のような認知症へのアプローチが、今後ますます重要になっていくのではないだろうか。

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