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90%以上の生着率で切断された指を甦らせる。
手の外科の凄腕集団。
愛知県厚生農業協同組合連合会
安城更生病院
愛知県は救急搬送の受け入れ率が極めて高い地域だが、
手指や四肢切断などの搬送先には救急隊も苦慮することが多い。
なぜなら、その治療にはマイクロサージャリー(顕微鏡を用いて行う精密な手術)が必要で、
対応できる病院が限られるからだ。
安城更生病院は手の外科を得意とする希少な施設として、救急隊と連携し患者を救っている。
平成30年1月のある日、安城更生病院の手の外科・マイクロサージャリーセンターに、救急隊から直通電話がかかってきた。「蒲郡の工場で事故が発生。手指と前腕を切断した患者さんです。患部の画像を送りますので、どの病院に搬送すべきか、ご判断をお願いします」。電話を受けた整形外科医は、タブレット端末で画像を確認し、「これは...」と息を飲み込んだ。片手の指を4本、もう片方の前腕を切断している。これほどの外傷では、三次救急医療施設でも手術はむずかしいだろう。そう判断した医師は、「すぐ連れてきてください」と言って、電話を切った。
患者が蒲郡から搬送されてくるまでに、2チームの執刀体制が準備された。一つは2名の医師で切断指の再建を行う。もう一つは2名の医師で上腕切断の再建を行うチームだ。4名の執刀医を中心に、サポートの医師、麻酔科医、看護師などが集まり、手術の準備を急いだ。切断指の手術を担当した一人は、原 龍哉医師(マイクロサージャリー部長)である。救急隊から冷やされた切断指を受け取ると、すぐさま血管や神経の場所を探しにかかった。指を繋ぐには、腱や神経、微小血管を1本ずつ縫合して、血行を再建しなくてはならない。気の遠くなるような緻密な作業が続く。原たちが指の再接着に集中しているかたわらで、腕を再接着するチームが血管や神経の縫合を始めた。「腕の手術は5〜6時間。指の手術は1本4時間かかるので、合計16時間を要しました。私たち医師は途中で交代して休憩をとりながら、長丁場の手術をなんとか乗り切りました」と原は振り返る。
手術が無事に終わると、次は繋いだ指と腕を、本人の意のままに動かせるようにする訓練が始まる。手は解剖学的に複雑で繊細な構造で、人間の体のなかで最も緻密で鋭敏な感覚を持つ。その指の訓練のために、同院では手の訓練に特化したハンドセラピスト(作業療法士)が複数名在籍している。「手術がうまくいっても、ハンドセラピストがいなくては機能は戻りません。救命からリハビリテーションまで一貫して行えるのが当院の強みです」(原)。
同院は、こうした手肢切断の再接着術を行う有数の病院だ。切断された指や四肢の組織を再建する生着率は実に90%以上。これは、愛知県の手の外科による平均生着率71%を超える高い水準である。
手指と前腕切断という大怪我からおよそ2カ月。ハンドセラピストによる懸命なリハビリテーションが奏効し、患者の指の機能は50%以上戻ってきているという。「腕の神経回復にはもう少し時間がかかりますが、職場復帰の道筋も見えてきました。まだ若い方だけに、本当に良かったです」と原は笑みをこぼす。
なぜ同院は生着率90%以上の実力があるのか。「やはりマンパワーですね。当院には、手の外科に精通し、四肢の外科にも対応できる医師が5名在籍。手の外科医をめざす若手も多く育っています。スタッフも皆、経験豊富で、大きな外傷にも迅速に対応できます。それに...」と原は続けた。「もう一つは救急隊との密な連携です。テレトリアージシステムの導入で、患者さんの受け入れがスムーズになりました」。
テレトリアージシステムは、救急隊が現場で手肢切断の部位を撮影し、基幹病院にメールで画像を送信。手の外科の専門医が画像を見て、適切な病院への搬送を指示するものだ。このシステムが生まれた背景には、手の外科を得意とする病院が数少ないことが挙げられる。「切断外傷の症例に遭遇したとき、救急隊員は近隣の整形外科に送るべきか、少し遠くても手の外科専門病院に送るべきか迷うことが多いんですね。救急隊員にとって、〈自分の判断が患者さんの運命を決めるのではないか〉というプレッシャーもあります。そんな救急現場を、私たち専門医が遠隔サポートするのがこのシステムです」と、原は説明する。
テレトリアージは名古屋市で運用が始まり、愛知県全域に拡大。名古屋市、尾張、三河地区それぞれに1カ所ずつ基幹病院が定められており、安城更生病院は三河地区を担当している。県内のテレトリアージ適用症例のうち、約半数を同院が受け入れており、手肢切断治療のリーダー的役割を担っている。今後の目標はどんなことだろうか。「テレトリアージの利用については、救急隊員によってまだまだ温度差があります。周知徹底することで、切断外傷の治療成績をもっと上げられると考えています」。原は講演会や学会などでもテレトリアージの成果を発表し、普及に力を注ぐ。「これからも救急隊とタッグを組んで、より多くの患者さんを救っていきたいと思います」(原)。
労働災害や交通事故などにより、不幸にも切断外傷を負っても、適切な病院で早く治療を行うことができれば、手指や四肢を生き返らせる可能性は大きい。「救急隊と手の外科が密に連携することで、指や腕を失う患者さんを一人でも減らしたい」と原は言う。
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