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LINKED plus シアワセをつなぐ仕事

試練と挑戦の数だけ
大きく成長できる。

チャンスが人を育てる。
圧倒的な症例数が、百戦錬磨の力を鍛える。

市田啓佑
初期研修医 
大垣市民病院

「この病院を選んで本当に良かったと思います」。
ハードな環境で知られる大垣市民病院に飛び込んで2年。
確かな手応えを口にする初期研修医(※)の市田啓佑医師の姿から、
ハイレベルな医師を育てる同院の教育現場に迫った。
※大学を卒業後、国家試験に合格した医師は、臨床現場で研修(臨床研修)をし、基礎的な診療能力を養う。
臨床研修には、初期研修(卒後1〜2年目:必修)と後期研修(卒後3〜5年目)がある。

多様な症例に触れ、多くの手技をこなし、
大きな自信を培った2年間。

2年前、研修医として歩み始めた市田啓佑が、はじめて「自分は医師になったんだ」と実感したのは、救急外来での診察だったという。「腕が痛い」と泣き叫ぶ子どもと不安そうな母親。診察すると、子どもに多い亜脱臼の一つ、肘内障(ちゅうないしょう)だった。「この病気は、肘をひねることで簡単に治せるので、お子さんもケロッと泣き止みました。患者さんを治し、感謝される喜びをかみしめた瞬間です」。そうした軽い疾患から重い疾患まで、市田はこの2年間で救急外来や各診療科を回って、実にさまざまな症例を経験してきた。「症例数が多いのは、大垣市民病院の最大の魅力です。しかも、単に数をこなすだけではありません。救急をはじめ各診療科の先生の講義をちゃんと受けながら、多くの疾患を経験できるので、すごく勉強になります」。外科の手技においても、切り傷の縫合から腹腔鏡手術(お腹に小さな孔をつけて管を入れ、小型カメラを挿入して行う手術)まで、幅広く携わってきた。「〈この手技をやらせてください〉と指導医の先生に申し出れば、たいていは、〈俺がついててやるから、やってみろ〉と言ってもらえます。すごくありがたいですね」と市田は話す。

また、地域の基幹病院である同院は、症例数が多いだけでなく、稀な疾患も多い。「たとえば、背中の脊髄の外側に血の塊ができる〈脊髄硬膜外血腫〉という病気は、救急で年に1回診るかどうかという病気ですが、僕は1年間で2回診ました。腰の痛みを訴えて来られたので最初は迷いましたが、上の先生に助けてもらい、正しく診断して緊急手術に繋げることができました」。

さまざまな試練に挑み、加速度的に成長を続ける市田。しかし、それほど症例数が多いということは、日々多忙を極めるのではないだろうか。「確かに夜間の緊急手術で呼び出されることも結構ありますが、あまり苦になりません。僕がサポートすることでチーム医療が円滑に回り、手術がうまくいけば、患者さんのためになると考えています」。市田がもともとこの病院を選んだのも、「最初のうちにハードな環境で揉まれる方が、腕を磨ける」と思ったから。「失敗して悔しい思いをすることもありますが、とにかく自分で体を動かして、自分で考えるという体育会系の風土が、僕には合っていますね」と笑みを浮かべる。

トップレベルの医師を地域に送り出したい。
指導医の情熱が研修医を鼓舞する。

大垣市民病院は、市田をはじめとする研修医たちに対し、1年目から多くのチャンスを与えている。だからこそ、個々の研修医に要求するレベルも高く、厳しい叱責の声が飛ぶことも少なくない。その空気感は、ともすれば、優しい組織風土を好む現代の若者の志向と、逆行しているようにも見える。「それでも、私たちはスタンスを変えるつもりはありません」。そうきっぱり語るのは、研修管理委員会副委員長の前田敦行(外科部長)だ。「私たちはただ、平均的な臨床医を育てるつもりはないんです。目標は、その分野でトップレベルの実力を備えた医師を育てること。地域医療の質の向上に貢献できるような、一流の医師の育成をめざしています」。その目線の高さと熱意あふれる指導があるからだろう、初期研修の後、後期も同院に残って学ぶ研修医が多い。

市田もその一人だ。今春から、同院の産婦人科へ進み、後期研修をスタートさせる。どうして産婦人科を志望したのか。「以前は、出産って安全なのが当たり前と思っていましたが、診療の現場に触れ、命の危険に及ぶ場面が多いことを知りました。産婦人科の場合、母親と子ども、どちらか片方を助ければいいというわけにはいきません。二つの命を救うところに大きな魅力を感じました。それに、慢性的な医師不足の産婦人科で、自分が少しでも役に立ちたいという思いもあります」。すでにこの2年間で、卵巣腫瘍に対する手術など、難易度の高い手技も経験してきた。そうした症例を論文にまとめ、学会でも積極的に発表していく計画だ。「あと3年間で、産婦人科の診療は一通りできる医師になりたいですね。この病院なら、そのくらいの症例数は経験できると思いますから、楽しみにしています」。市田は明るい口調で、抱負を語った。

研修2年目、後輩ができたとき、厳しく指導し、叱ってくれるありがたさを初めて知った。「叱るのって、すごく体力がいるんです。先輩たちがいかに研修医のことを思い指導してくれているのかを実感しました」(市田)。

  • 大垣市民病院では、初期研修だけでなく、後期研修のプログラムの充実にも力を注いでいる。「当院は医師の育成を、初期と後期研修を含めた5年間で考えています。最初の2年間で基本的な診療能力を身につけ、その後の3年間で専門性に磨きをかける。当院で5年間学べば、どこに出ても通用する医師になれると思います」と研修管理委員会副委員長の前田敦行(外科部長)は自信をのぞかせる。
  • さらに後期研修では、平成30年度から、内科、外科、麻酔科の3領域で新しい専門医制度での研修を開始する。専門医の資格を取るには、一定の症例数の経験が定められているが、症例数が豊富で稀少疾患も経験できる同院では、早い段階で必要な症例数を確保できる。そのため、基本領域はもちろん、その先のサブスペシャルティ領域を含め、将来を見据え、着実にステップアップできるといえるだろう。

一流を育てたい指導医と、
一流をめざす研修医と。

  • 約37万人の人口を抱える西濃医療圏の基幹病院として、地域医療の砦の役割を果たしている大垣市民病院。圧倒的な数の症例に触れ、医師の基礎を徹底的にたたき込まれる同院の初期研修は"大垣大学"とも評され、厳しさは群を抜いている。その根底にあるのは、「一流の医師を育てたい」という指導医の情熱。そして、同院を選ぶのは、「あえて厳しい環境で自分を追い込み、一流の医師になりたい」という意欲あふれる研修医たち。両者の目的が合致しているからこそ、確かな教育の成果を上げているといえるだろう。
  • 古いことわざに『若いときの苦労は買ってでもせよ』という教えがある。若い頃の苦労は自分を鍛え、成長に繋がるから、求めてでもするほうが良いという意味だ。同院を選び、日々鍛錬している研修医たちはまさに、そんな昔の教えを実践している最中だ。その苦労が将来、どんな花を咲かせるのか、成長を期待して見守っていきたい。

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