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LINKED plus 病院を知ろう

患者の背景を知り、
患者の全身を診る。

総合力を備えた医師の育成と、
多職種連携を軸に、心不全患者を支えていく。

春日井市民病院

春日井市民病院は日本循環器学会認定循環器専門医研修施設である。
循環器内科では、すぐれた医師の育成に力を注ぐと同時に、
24時間365日体制で緊急の心臓疾患に対応。
さらに近年は、急増する心不全患者に対応すべく、院内外の多職種連携を深めている。

病気を治すことに加え、
患者の生活まで考えるようになった。

その日、春日井市民病院の東3階病棟(循環器内科・血管外科)に、患者のベッドサイドを訪問する高原邦彦医師(循環器内科)の姿があった。「昨夜はよく眠れましたか」。高原の問いかけに患者はうなずき、「息苦しさがだいぶ楽になりました」と答えた。この患者は数日前に、心不全で入院してきた高齢男性である。心不全とは心臓が悪いために息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり生命を縮める疾患。高齢化とともに患者が増え、同院では年間約400人の心不全患者の入院治療を行っている。「心不全の原因はさまざまで、治療法も全く異なります。たとえば、狭心症や心筋梗塞が原因であれば、カテーテルを用いて血管を広げる治療などが必要ですし、高血圧が原因であれば、血圧コントロールが非常に重要になります。それぞれの原因を特定し、最適なアプローチを考えるところに、循環器内科医としての醍醐味を感じます」と、高原は話す。

高原は6年前、初期臨床研修医として同院に入職。最初の2年間で豊富な症例を経験し、どんな疾患に対してもひと通り初期対応できる力を身につけた。循環器内科へ進むことを決意したのは、救急外来での経験が大きかったという。「命に危険のある患者さんが運ばれてきても、循環器内科の医師たちがスピーディに処置をすると、次の瞬間には見違えるほど元気になる。その鮮やかな治療に感銘を受けました」。その後、高原は、多くの症例を持つ同院で、心臓疾患の治療技術を幅広く養い、循環器内科医として着実に成長してきた。

そして今、高原は、最初の頃とは違う方向に興味を抱いているという。「救命救急の仕事はもちろん大切な柱ですが、それ以外に、今は患者さんの全身を診ること、生活まで考えることを大事にしています。というのも、心臓疾患の影には、腎臓病、糖尿病、肺疾患など、さまざまな病気が隠れています。周辺の病気をコントロールすると心臓の症状も落ち着くこともあり、常に総合的な診療が必要です。また、患者さんの生活背景や家族、地域との関わりも含めて把握し、どうすれば患者さんが退院後もしっかり自己管理できるようになるか、考えてアドバイスするよう心がけています。病気を治すことが第一ですが、それに加えて、患者さんを支える医師になりたいと考えるようになりました」と高原は語る。

「退院後に服薬を中断してしまうため、入退院を繰り返していた心不全の患者さんがいました。その方は入院ごとに衰弱していき、最期は病院で亡くなられましたが、主治医としてもっと何かできなかったかと自問自答しました。あのときの悔しさが、今も診療のモチベーションになっています」と、高原は言う。

医師一人でなく、多職種の力を結集し
心不全患者を支える。

循環器内科医の高原が、患者の全身管理や生活支援に興味を持つようになった背景には何があるだろうか。「一言で言えば、時代が求める医師のあり方が変化してきたのだと思います」と話すのは、循環器内科の小栗光俊部長である。「かつて循環器内科では、極端な言い方をすると、カテーテル治療ができれば一人前でした。でも、高齢化が進む今、そうはいきません。併存疾患を数多く持つ患者さんの全身を診て、総合的に診療する力が要求されます」。さらに、小栗はこう続けた。「もう一つ、問われるのは、多職種と協働する力です。たとえば、心不全は一度安定しても再増悪しやすく、患者さんの生活に関する教育が重要です。医師一人ができることは限られていますから、全職種と協力しなくてはなりません」。その言葉を裏付けるように、同院の循環器内科では医師、病棟・退院調整看護師、薬剤師、リハビリスタッフなどが一緒に回診する〈多職種回診〉や〈多職種カンファレンス〉に力を注いでいる。

東3階病棟の看護師、舩橋結香は次のように話す。「多職種の関わりは非常に濃厚で、先生方にも気軽に相談できる雰囲気です。とくに力を入れているのは、退院支援。退院後、患者さんがどういうふうに生活するのがよいか、チームで考えて取り組んでいます」。さらに同院では、退院後の患者を支えるために心不全の地域連携パスを作り、地域との連携も強化している(詳しくはコラム参照)。

「これからは地域全体で、患者さんを診ていく時代ですし、そうした時代に即した医師教育が私たちの使命だと考えています。地域と連携を取りながら、患者さんの生活背景を踏まえ、患者さんの全身を診て、治療していく。そんな総合力を備えた医師を一人でも多く育て、循環器内科のレベルを引き上げていきたいですね」。小栗は次代を見据えた医師教育に力を注ぎ、これから一層、地域医療に貢献していこうとしている。

同院において、心不全患者は退院後1年間で約22%が再入院し、平均年齢は80歳に達する(平成28年実績)。「心不全は再入院のリスクが高い疾患です。高齢で入退院を繰り返すと、筋肉の減少、低栄養などで、ADLが低下してしまい、死亡率も高まります。いかに再入院を防ぐかが我々の課題です」と小栗は語る。

  • 春日井市民病院では、心不全患者の再入院を防ぐために、心不全ノート(心不全地域連携パス)を作成し、地域連携を推進している。心不全ノートは、患者や家族、患者を支えるスタッフ全員が活用できる冊子である。患者自身が心不全について学び、血圧や体重、服薬などを毎日チェックできるページが用意されているほか、退院してから1週間後、3カ月後、1年後の受診スケジュールが設定されている。さらに、同院の主治医やかかりつけ医、介護施設の職員、訪問看護師などが情報交換しながら、継続して評価、指導を行える仕組みになっている。
  • 心不全ノートのコンセプトの一つは、80歳の方が読めて理解できること。内容はいたって平易に書かれており、患者やその家族が心不全を正しく理解し、自己管理をする上で非常に有効なツールとなっている。同院ではこのノートを活用し、〈心不全を地域全体で診る〉体制を構築していく方針だ。

時代の変化に合わせ
医師教育も変わっていく。

  • 長い間、日本の医師は、〈専門とする臓器の病気を治す〉ことが使命だった。しかし、超高齢社会の進展に伴い、その役割が少しずつ拡大してきた。病気を治すことに加え、プラスαの役割を求められるようになってきたのだ。それに伴い、医師教育も専門性だけでなく、総合性の獲得へとシフトしている。今回、春日井市民病院を取材し、その事実を改めて認識した。
  • 同院の循環器内科では、心臓疾患を中心に内科的疾患を幅広く診療することを目標に掲げ、若手医師の指導に注力。さらに、患者を地域全体で支えていくために、院内外の多職種連携に力を注ぎ、多職種と協働できるコミュニケーション能力を医師たちに求めている。その教育方針に応え、同院の医師たちも、患者の退院後の生活へと視線を広げつつある。この環境は、これからの地域医療に貢献したい人にとって、まさに願ってもない学びのステージといえるのではないだろうか。

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