LINKED plus シアワセをつなぐ仕事
みよし市民病院
認知症への理解、患者への理解を深めて
入院生活を手厚くサポートする。
「野球、始まりますよ」。そんな看護師の声に促され、みよし市民病院のデイルームにやってきたのは、2階の1病棟(一般病棟)に入院している患者である。画面をじっと見つめ、贔屓の選手がヒットを飛ばすと、うれしそうに目を細めた。この患者は循環器疾患で入院したが、入院後まもなく、認知機能が急速に悪化。夜になると、「家に帰る」と徘徊するようになった。「何とか楽しい気持ちになっていただけないか」。対策に取り組んだのは、認知症看護認定看護師の日浦麻喜である。「ご家族から野球観戦が趣味だと聞き出し、毎日テレビ観戦に誘うようにしました。それからは表情も穏やかになり、よく眠れるようになりました」と、ほほえむ。
もう一人、3階の3病棟(療養病棟)で認知症看護を進めるのは、同じく認知症看護認定看護師の近藤千春である。「最近うれしかったこと」として、次のような話を教えてくれた。「その患者さんは認知症のため、食事をほとんど召し上がりませんでした。そこで、ご家族に好物を持ってきていただいたり、おやつの時間を設けるなど、根気よく食事量を増やす努力を続けました。その結果、数カ月して1日3食おいしく食べられるようになり、最終的には施設に入居することが決まったんです。在宅へ繋ぐことができて、本当にうれしかったですね」。
これらは、同院の入院患者に対する認知症看護の成功事例の一つ。同院では今、この2人が中心となり、病棟全体で認知症看護に力を注いでいる。たとえば、オムツ外しを防ぐためのつなぎ服(上衣と下衣が一体の介護衣)を、日中は使わないようになったことも、大きな収穫だ。「つなぎ服は首元も窮屈で、着心地はよくありません。それはわかっているのですが、すぐオムツを触ってしまう患者さんに対しては、どうしても使わざるを得ない状況でした。でも、こまめにトイレ介助などを工夫すれば大丈夫だとスタッフに伝え、つなぎ服に頼らない看護を実践するようになりました。最初は抵抗感のあったスタッフも、今はやればできると実感していると思います」と、日浦は話す。
日浦と近藤が認知症看護認定看護師の教育機関に通い、資格を取得したのは、令和2年のこと。どうして、一念発起して入学を決意したのか。「この10年で認知症の患者さんがかなり増え、対応に困っていました。もっと専門的な知識を身につければ、薬や行動抑制に頼らず、穏やかな入院生活を過ごしていただけるのではないかと考えたのです」と日浦。それに続いて、近藤も次のように話す。「軽い認知症だった人が入院中に症状が悪化し、家に帰れなくなってしまう。そんなケースを数多く見て、悔しい思いをしていました。もっと認知症を理解して、私たちみんなが偏見を持たずに看護、介護すれば、在宅へ戻る道を作れるのではないかと考えました」。
約1年間の勉強で、2人は認知症の心理状態や問題行動の原因などを科学的に学び、患者への適切なケアをマスターした。今は、その専門知識を、病棟看護師たちへと広げている最中だ。「まずは、もっと院内に認知症看護を普及させていきたいと考えています。今はコロナ禍で大規模な勉強会もままなりませんが、いろいろな機会をとらえて、全員がより良いケアを実践できるようにしていきたいですね」(近藤)。さらに、いずれは病棟だけでなく、外来にも関わっていくという目標を持つ。「たとえば、自宅に帰った認知症患者さんについて、相談を受けることもありますが、今のところ介入できていません。いずれは、入院から在宅までずっと相談に応えていけるようなシステムを作っていきたいと考えています」と日浦は意欲を語る。
高齢者の多くが在宅で療養する時代、認知症看護は地域に必要不可欠な専門知識になりつつある。認知症看護に精通した看護師が中心となり、入院治療から在宅までを見渡し、認知症の人とその家族を支えていく。その体制づくりは今、始まったばかりだ。
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