令和3年4月1日、西尾市民病院の脳神経外科、神経内科に、優秀な若手医師が着任した。羽生健人と大野智彬である。羽生はそれまで、名古屋第一赤十字病院や江南厚生病院の脳神経外科で、脳卒中に対する脳血管内治療を中心に経験を重ねてきた。一方の大野は安城更生病院の脳神経内科で、脳卒中をはじめとした脳、脊髄疾患などの内科的治療について研鑽を積んできた。
両医師の着任を機に、同院は今、脳・神経領域の診療強化を進めている。具体的には、脳卒中のなかで最も多い〈脳梗塞〉に照準をあて、救急医療体制の強化に取り組んでいるのだ。脳梗塞とはどんな病気か。「脳の血管が詰まって血流が途絶え、脳の細胞が死んでしまう病気です。治療は常に時間との戦いで、私たち医師は一刻も早く血流を再開通できるよう最善を尽くします」。そう説明するのは、羽生である。では、脳梗塞の患者が搬送された場合、どんな治療法があるのか、大野に聞いた。「発症から4.5時間以内で、一定の条件を満たせば、t -PA療法(血栓溶解療法)を行います。これは、t -PAという薬剤を静脈内に点滴して、詰まった血栓を溶かす内科的治療法です」(大野)。この療法を安全に行っていくために、同院は今春、厚生労働省が定める施設基準をクリア。検査や看護も含めて、救急患者の受け入れ体制を整えている最中だ。比較的重症の患者の全身管理を担当する6西病棟の小宮山晴美師長は、意気込みを話す。「t -PAを投与する患者さんは私たちの病棟で集中管理する予定です。t -PAの投与中は15分ごとに、投与後24時間は、1時間ごとに麻痺などの症状が出ていないか確認しなくてはなりません。不安やプレッシャーもありますが、しっかり知識を身につけ責任を果たしていきたいと考えています」。
また、t -PAの投与後に何か異変があれば、緊急手術が必要になる場合もある。そうした急変に備え、脳神経外科医も万全の体制でのぞむ計画だ。「内科と外科が緊密に連携することで、患者さんの安全を第一に、t -PA療法を実践していきたいと思います」と羽生は語る。
同院が脳梗塞の診療体制づくりに力を注ぐのは、市民病院として「地域で発症した脳卒中患者は地域で救いたい」という熱い思いがあるからだ。「脳梗塞は一分一秒を争う疾患です。市外の病院ではなく、できるだけ近い病院で受け入れ、t -PA療法を施すことができれば、それだけ患者さんの利益も大きいと思います」と大野は話す。
さらに、発症から4.5時間を超えた患者やt -PAでは効果が得られない場合に行う〈脳血管内治療〉の準備も始まっている。これは、カテーテルという管を脳の血管に挿入し、詰まっている血栓(血の塊)を取り除く治療法だ。前任の病院で豊富な経験を積んできた羽生は、次のように話す。「私の着任に伴い、脳血管内治療に必要な最新鋭のデバイス(医療器具)を全部そろえていただきました。実際に治療する場合は大学病院から専門医を招く必要があり、連携体制を整えています。さらに将来的には私自身が専門医資格を取り、治療に臨んでいく計画です」。すでに、脳卒中の急性期対応に関する勉強会も開催しており、院内の周知にも力を注ぐ。2人の情熱に触発され、看護師や臨床検査技師も貪欲に新しい医療を学んでいるという。
こうした体制づくりによって、救急患者はもちろん、入院患者の脳血管障害の異変にもいち早く気づき、適切な治療へ結びつけることができる。すべての診療科が協力し、脳梗塞を含む脳卒中に対応していく方針だ。「脳卒中は、たとえ命を取り留めても、麻痺や言語障害といった後遺症が残る病気です。それを最小限に抑えるには、ゴールデンタイム(詳しくはコラム参照)を逃さずに、一刻も早く治療することが重要です。ここ西尾で、t -PAと脳血管内治療ができる体制を構築して、一人でも多くの命と生活を守っていきたい。その目標をみんなで共有し、これからも邁進していきます」。羽生は力強くそう語った。
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