血糖値400以上、体重減少、多尿・口渇・多飲の症状−。検査結果と目の前の患者の話を聞いて、西尾市民病院・内分泌内科医長の川久保充裕医師は、「うーん」と唸り声を漏らした。紹介状によると、この男性は5年ほど前に糖尿病を発症し、かかりつけ医のもとで食事・運動・薬物療法を続けてきたという。最初の2年間はきちんと治療に励み、血糖値を正常な範囲にコントロールしていたが、やがて「もう大丈夫だろう」という本人の思い込みで、受診の頻度が減っていった。その流れに、新型コロナウイルス感染症の流行が追い打ちをかける。不要不急の病気は後回しという空気感や、感染への恐怖心から、治療を完全に止めてしまった。それから2年が経過。最近になって口の渇きや体重減少が気になり、かかりつけ医を受診したところ、血糖値の急激な上昇が見つかり、西尾市民病院に紹介されてきたのだ。
川久保は患者に、インスリン療法を含めた治療を提案した。糖尿病は膵臓から出るインスリンが十分に働かないために、血糖値が上がってしまう病気。放置すると、血管が脆弱になり、脳梗塞や心筋梗塞などを引き起こすリスクがある。インスリン療法は、インスリン製剤を自己注射して体の外から補う治療法だ。「通院を止めていなかったら、ここまでの高血糖にはならずに済んだかもしれない。合併症の進行がないか不安です」と川久保は悔やむ。コロナ禍が長引き、こうしたケースが増えているという。
糖尿病の治療について、「実は、診断された時の初期対応が非常に重要」だと川久保は言う。「健康診断で見つかったら、初期段階なので少量の薬を飲んで治療、というのではなく、最初に病気についてしっかり理解していただくことが重要です。そのうえで、適切な食事・運動・薬物療法を行うことで、10年、20年後の健康が大きく変わってきます。糖尿病の診断と合併症の精査と並行し、患者さんが自分の病気を理解したうえで、生活習慣の改善や薬物療法に自発的に取り組めるような治療プログラムを、地域の診療所の先生方と一緒になって作っていきたいですね」。
コロナ禍で症状が悪化するのは、内分泌内科の患者だけではない。耳鼻咽喉科でも、懸念される疾患があるという。「毎年、一定の割合で喉頭がんの疑いのある患者さんが来院されます。それが、新型コロナの流行以降、一人も来なくなり、心配しています」。そう話すのは、耳鼻咽喉科部長の田中宏明である。
喉頭がんは、気管から肺へと空気を送る通り道(喉頭)にできるがん。喉頭がんを発症すると、声がれが続き、しだいに息苦しさ、血痰などの症状が出てくる。「早期であれば、当院で放射線治療を行い、喉頭を温存できます。でも、進行すると、近隣の高度急性期病院に紹介し、喉頭を取り除く手術を検討することになります」と田中。喉頭がんのほか、咽頭がん、舌がん、鼻腔・副鼻腔がんなど耳鼻咽喉科領域のがんは数多いが、どれも受診する患者がほとんどいないという。
では、こうした疾患を治療へ繋ぐにはどうすればいいだろうか。「大切なのは、気になる症状があれば、コロナ禍でも受診をためらわないこと」だと田中は言う。「たとえば、喉頭がんは、鼻から内視鏡(ファイバースコープ)を入れて観察すれば、すぐ病巣を見つけられます。苦痛の少ない検査で診断できるので、安心して来てほしいですね」。新型コロナウイルス感染症は、がんや生活習慣病などの持病があると重症化しやすいこともわかっている。そういう意味でも早めの受診が大切だといえるだろう。一方、川久保は少し先の未来に思いを馳せる。「慢性疾患を早期発見・早期治療に繋げるような治療体制を、地域でつくっていければ理想的だと考えています。専門医とかかりつけ医、そして、多様な領域の診療科を結ぶネットワークをつくり、慢性疾患を重症化させない、重大な合併症を引き起こさないような仕組みをつくっていきたいですね。当院がその推進力となれるよう、さらに緊密な地域連携を推進していこうと思います」。
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