秋も深まってきたある日、西尾市民病院を訪ねると、ACLS(医療従事者のための二次救命処置)の講習が行われていた。病状の急変による心停止はいつでも起こりうるし、心肺停止で救急搬送されてくる人もいる。そうした患者の命を救うために、同院では医師や看護師をはじめ、さまざまな医療職が参加し、人体モデルを患者に見立てた救命処置や心肺蘇生の知識を1日がかりで学んでいるのだ。「この講習には臨床研修医も全員参加し、救急蘇生法を習得してもらっています」。そう話すのは、研修指導委員会・委員長の田中俊郎(副院長)である。研修医たちは基礎的な診療能力を養うために、各診療科を順に回って臨床経験を積み重ねている。そのローテーションの合間に、こうした集団研修に参加することで、医療職に必要なスキルを多面的に学んでいる。
同院に勤める研修医は、現在9名(1年目5名・2年目4名)。この規模の病院としては充分な人数といえるだろう。「おかげさまで平成31年度から、毎年1名ずつ研修医の定員枠(詳しくはコラム参照)を増やしていただき、例年コンスタントに研修医を確保できるようになりました」と、田中は満足そうに語る。しかし、かつては研修医の確保に苦慮していた時代もあった。「医学部を卒業した皆さんは、どうしても都市部の大規模な病院での研修を希望される傾向があります。そこで、西尾市にも協力をいただいて、医学生向けの奨学金制度(最大6年間提供、卒業後6年間の勤務で全額免除)を用意するなどして、研修医の確保に努めてきました」(田中)。同時にまた、同院では研修医の要望をきめ細かく吸い上げ、個々に応じた臨床研修プログラムを用意したり、研修医が生活しやすいように事務職が手厚くサポートすることで、臨床研修の満足度を高めるよう力を注いできた。「当院はコンパクトながら、救急を含めた症例数が非常に多く、自由度の高い研修プログラムを用意しています。そのことが研修医たちに高く評価されているようです」と、田中は手応えを感じている。
前項では研修医の教育についてレポートしたが、同院ではコメディカルスタッフの教育にも力を注いでいる。その顕著な例が、特定の看護分野において、熟練した看護技術と知識を持つ〈認定看護師〉の育成だろう。この資格を取得するには、指定の教育機関に集中して通学する必要があり、病院側に理解がないと挑戦しにくい。その点、同院では資格取得を積極的に支援し、これまで11名の認定看護師を輩出してきた。
平成26年、皮膚・排泄ケア認定看護師の資格を取得した杉浦裕美は、次のように振り返る。「当院は看護部長をはじめ上層部が教育に熱心で、認定看護師への挑戦を勧めてくださいます。私は県外の学校に通ったのですが、その間の基本給はもちろん、授業料や住宅費も援助していただき、何不自由なく学ぶことができました」。杉浦は今、褥瘡の専従看護師として活動。医師、薬剤師、管理栄養士とともに全病棟を定期的に回診し、現場の相談に応え、入院患者の褥瘡の改善や予防に取り組んでいる。
このような看護師の専門教育に力を注ぐ背景には、同院が一時期、深刻な医師不足に陥った歴史がある。「当時、少ない医師をサポートするためにどうすべきか議論しました。その戦略の一つとして、看護師をはじめコメディカルの専門性を高めることで、医師の負担を軽減し、医療の質を担保しようということになったのです」と、田中は説明する。医師不足を乗り越える過程で強化された、スタッフの専門教育。それは、研修医が充分に集まるようになった今、同院の大きな強みともなっている。「複数の疾患をもつ高齢患者さんを支えるには、医師だけではなく、多職種のアプローチが欠かせません。私たちが力を入れてきた多職種の専門性を発揮することで、今後さらにチーム医療の高みをめざしていきたいと考えています」(田中)。
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