LINKED plus シアワセをつなぐ仕事
西尾市民病院
がん性疼痛看護認定看護師として、
つらい病気を抱える人を支える。
西尾市民病院で、がん性疼痛看護認定看護師として活動する田境公治。彼には今も忘れられない患者がいるという。それは数年前、乳がん末期でがん性胸膜炎を発症し、溜まった胸水を抜くために入退院を繰り返していた30歳代の女性のことだった。「悪化するにつれ呼吸困難が出ていたため、患者さんが少しでも楽な体位を工夫したり、主治医と担当薬剤師と相談し日常生活の動作時に発生する息苦しさを緩和できるように、予防的な薬の使用や量の調整に努めました」と話す。
その患者が症状の悪化により、自宅療養での支援が今まで以上に必要な状態で、退院することになった。「僕は当然、継続した看護が必要だと考え、訪問看護師の準備をしていたんです。ところが、患者さんは訪問看護は一切いらないと言われたんですね」。実は患者の思いは、全く違うところにあった。残り少ない日々だからこそ、できるだけ他人を入れず、家族だけの時間を楽しみたいし、幼い子どもたちに医療行為を受ける母の姿を見せたくなかったのだ。「このときは患者さんの思いを最優先し、ご家族に必要な看護についてお願いして送り出しました。院内でもACP(人生会議:コラム参照)の取り組みに力を入れ始めていた頃で、医療者の思い込みや先入観で物事を考えるのではなく、患者さんの人生観や価値観を尊重して、残された日々を支えるべきであることを学びました」と、田境は振り返る。
田境は平成30年7月にがん性疼痛看護認定看護師の資格を取得。がん患者の生活の質に大きく関わる疼痛コントロールを専門とし、主に入院中の患者の痛みの緩和を支援してきた。先に紹介した事例のように、退院支援に関わることも多く、少しでも安楽に療養できるように心を砕く。
「がんの疼痛については、医療用麻薬を使ってコントロールするのが一般的になりました。でもご高齢の患者さんやご家族はモルヒネと聞くと〈怖いもの〉と考えてしまい、先入観などから使用したがらないケースもあります。痛みを我慢せず、痛みと共存するために、必要な薬はしっかり使っていただくよう退院後の療養指導に力を注いでいます」(田境)。
田境は病棟での看護業務に加え、がん性疼痛看護認定看護師の活動日を設けて、組織横断的に活動しているほか、緩和ケアチームにも所属している。緩和ケアチームは、精神症状および身体症状の緩和を担当する各医師、認定薬剤師、認定看護師、公認心理師、管理栄養士、社会福祉士で構成される多職種チーム。がんや心不全などの患者を対象に、入院患者の心や身体のつらい症状を和らげ、生活の質を高めるよう活動している。
「緩和ケアチームでは週に1回、各病棟をラウンドして、対象となる患者さんのお話を伺います。そこで大切にしているのは、患者さんの話に耳を傾けること。どんな思いで、どういう療養を望んでいるか、ということを聞くこと自体が緩和ケアに繋がるという考えで寄り添っています」と、田境。また、痛みの種類も幅広い。「たとえば、経済面の悩みや精神的な負担も苦痛の一つ。社会資源の活用などを提案しながら、いろんな痛みを総合的に取り除き、退院後の療養環境を整えていくことが私たちの重要な役割です」。
そうした思いで取り組んでいる緩和ケアだが、周囲の理解はまだそれほど高くないという。「緩和ケアというと、ターミナルの患者さんを対象に特別なことをすると思われがちです。でも、決してそうではなく、患者さんの痛みや不安を和らげるケアは、医療や看護の基本でもあります。院内の職員も連携する地域の施設の方々も緩和ケアについて正しく理解し、患者さんの生き方や価値観を尊重して継続して支援できればいいなと考えています」と、田境。そして、そのときに重要になるのは、緩和ケアのエビデンス(科学的根拠)だという。
「常に最新のエビデンスを学び、医療者の主観や思い込みではなく、エビデンスに基づいたケアを実践していきたい」と抱負を語る田境、これからも患者の痛みを理解し、思いに寄り添い、緩和ケアの質を高めていこうとしている。
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