数年前、「呼吸が苦しい」と訴えて西尾市民病院を受診した70代の女性がいた。検査したところ、肺に腫瘍があり、乳がんを原発巣として遠隔転移したがんであることがわかった。
呼吸器内科の医師からバトンを受け、乳腺外科の和田応樹医師が主治医となった。すでに転移しているため、手術は適応外となる。和田は必要な検査に基づいて有効な抗がん剤を選択し、副作用に配慮しつつ、乳がんと転移した肺のがんをターゲットとした治療を開始した。幸い、抗がん剤が非常によく効き、がんの腫瘤は徐々に小さくなり、女性は以前の生活を取り戻すことができた。その後も定期的な診察、治療を続けたが、ある日「言葉がうまく出てこない」と女性は訴えた。脳への遠隔転移だった。まずは抗がん剤治療を行った後、1カ月ほど放射線治療を実施。症状が落ち着いて、女性は再び住み慣れた自宅で日常生活を送ることができた。
こうして数年にわたり治療と検査を続けたが、最終的には残念ながら全身に転移したがん細胞を食い止めることはできなかった。それまでの経過をずっと見守ってきた和田は、こんなふうに振り返る。「最期の段階まで普段通りの生活を送っていただくことができ、何よりも良かったと思います。高齢の方ですと、抗がん剤の副作用で苦しみ、家でずっと寝ていることもあります。それでは、いくら治療効果があっても意味がありません。私たちは常に生活の質を保ちつつ、最大限の効果を追求しています」。
乳がんには、進行度に応じてステージ0から4まである。この女性のように転移や再発の場合はステージ4で、薬物療法や放射線療法が中心になる。ステージ3までは手術を基本として、薬物療法や放射線治療を組み合わせていく。「乳がんの治療は手術が基本ですが、がんを切除すればそれで終わりではありません。がん細胞は体内の血液の中をぐるぐる回り、どこに巣をつくるかわかりません。ステージが高くなるほど再発リスクも上がるので、抗がん剤は有効です。近年はどんどん新薬ができていますから、高齢の方も副作用に配慮しながら抗がん剤治療を進めています」と和田は話す。
マンモグラフィ(乳房X線検査)で乳がんが疑われる場合、さらに組織診断(針生検:病変部の組織を採取して顕微鏡で調べる)を行い、診断を確定するとともに乳がんの性質を調べる。その診断や治療法の選択において、和田が基本にしているのはどんなことだろうか。
「乳がんにはいろいろな性質があるので、それぞれの性質に適した治療を行うことが第一になります。たとえば、急速に大きくなるがんとじわじわゆっくり成長するがん、女性ホルモンの影響を受けて増殖するタイプとそうでないタイプなどがあり、それぞれ治療法は異なります。また、がん細胞の表面にあるHER2(ハーツー)タンパクの量にも違いがあり、正常よりも多いタイプ(HER2陽性)では、手術前の抗がん剤治療でがんが完全に消失した場合には手術を省略するような臨床試験も行われており、将来的には手術を行わなくてすむ可能性も出てきました。そのほか、ある程度抗がん剤の効果が予測できるような遺伝子検査も開発されており、さまざまな角度から乳がんの性質を見極めるよう努めています」。
そうやって乳がんの性質がわかれば、性質に応じた効果的な治療が選択可能になってきている。和田は前述したように、手術、抗がん剤、放射線の三つを組み合わせた集学的治療を進めていく。
「これらを組み合わせて提供できるのは、市民病院の総合力だと思います。放射線治療では高い専門性をもつ医師と技師がいますし、抗がん剤について専門の治療室があり、薬剤師や看護師との連携も緊密です。また、乳がんについて告知するときは、認定看護師が同席してフォローしますし、痛みのコントロールについては緩和ケアチームに相談できます。多様な専門職の力を結集して、乳がんの患者さんを支えられるのが当院の強みです」と和田は話す。乳がんの治療は、診断から10年ほどのフォローが必要となる。和田はその長い期間、不安な患者の心に寄り添い、がんとともに生きる生活を支えている。
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