西尾市民病院の循環器内科に、重い呼吸苦と手足のむくみを訴える80代の女性が救急搬送されてきた。女性は息苦しさで動くこともままならない様子で、田中俊郎医師(副院長兼診療部長・内科系)は急いで酸素投与と利尿薬の注射、そして血液検査をはじめ、胸部X線検査、心エコー検査を指示した。血液検査の結果、心臓への負担を示すBNPの値が2000を超えており(BNPの正常範囲は18.4以下)、画像検査でも心臓の肥大が認められた。田中は心不全と診断し、緊急入院の準備を進めた。
心不全とはわかりやすくいうと、心臓が血液を送るポンプとして十分に働かなくなった状態である。入院後、苦しかった呼吸が少し落ち着いた様子を確認してから、血圧と心不全をコントロールする薬の点滴治療を開始。この治療が良く効いて、女性は次第に体調を取り戻していった。また、入院中、病棟の看護師、薬剤師、理学療法士などがチームを組んで、廃用症候群(動かさないことによる弊害)を予防するために、体力の維持に努めた。その甲斐もあって、女性は活動性が落ちることもなく、2週間ほどで退院。今も定期的に通院し、管理栄養士から栄養指導を受けて、心不全の再発予防のために塩分の少ない食生活を心掛けながら、元気に一人暮らしを続けているという。
このケースを振り返り、田中は次のように語る。「手遅れになる前にきちんと点滴治療で回復できて、本当に良かったです。また、入院時に肺炎を合併していることもわかったので、その治療も同時に行いました。この患者さんのように、心不全を発症する高齢の患者さんは、心臓そのものが弱るだけでなく、感染症、肺炎、貧血などさまざまな疾患を原因として心臓に負担が掛かり、心不全を発症することも多いんですね。一般に医師の専門分化が進んでいる大きな病院では、循環器に特化した診療が行われます。当院では循環器の医師がある程度、普段から内科全般を診ていますから、複数の疾患を抱えた患者さんに対しても適切に診断し、必要な治療を提供できます。それが、当院の強みの一つだと自負しています」
世界でもトップレベルの超高齢化社会にある日本では、近年、心不全を患う人が急増。とくに、愛知県下でも高齢化率の高い西尾市では、心不全患者の多い状態がここ数年続いている。このように高齢の心不全患者が大幅に増加することを〈心不全パンデミック〉というが、まさに西尾市では今後、その状態を迎える可能性が高い。心不全患者のケアで課題となるのが、退院支援である。
「高齢患者さんの場合、老老介護のご夫婦や、一人暮らしの方も多く、退院支援が重要になります。当院では入院早期から患者さんの背景をしっかり把握。看護師や医療ソーシャルワーカーが中心になって、どうすれば元の生活に戻れるか探っていきます。また、治療後すぐに退院できない場合は、地域包括ケア病床に移っていただき、退院準備を進める体制を整えています。このように充実した支援体制も、当院ならではの特色だと思います」と田中は話す。
その上で、田中は今後に向けて、地域の病診連携にいっそう力を注いでいく必要性を語る。「心不全は悪化と改善を繰り返す病気ですが、だんだん悪くなっていくと入退院の間隔が短くなり、一回の入院期間も長くなります。そうなると、患者さんにもご家族にも大きな負担になるので、できるだけ長く在宅療養していただけるようなサポート体制が必要です。幸い、この地域には、訪問診療してくださる循環器専門の先生がおられ、とてもありがたいと感じています。また、当院でも令和6年4月に訪問看護ステーションを開設し、在宅支援の強化に乗り出しています。今後は訪問看護と地域の先生方との協力体制を強化し、患者さんの入院治療から在宅療養まで切れ目なく支えていきたいですね。そうやって地域の力を結集し、迫り来る心不全パンデミックに立ち向かっていきたいと考えています」。田中は力強い口調でそう締めくくった。
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