この日、岡崎市民病院の呼吸器内科と呼吸器外科、放射線科の医師が集まり、合同カンファレンスが行われていた。主に治療法の選択が難しい肺がん症例などについて、どのような治療法がベストかを検討するのが目的だ。
そのなかで、呼吸器内科統括部長の奥野元保は、病巣の画像を見せながら、60代の患者について相談した。「先日、肺炎で入院された患者さんですが、気管支鏡検査で気管支カルチノイドが見つかりました。生活の質を考慮しつつ、手術を適応できるでしょうか」。気管支カルチノイドは気管支粘膜に生じる、希少な神経内分泌腫瘍で、肺がんに準じて診断、治療が行われる。治療法は外科的手術が一般的だ。
画像を凝視した呼吸器外科統括部長の岡川武日児は、「気管支の一部分を切除して、気管支を繋ぎ合わせる気管支形成が必要ですね。かなり難易度の高い手術になりますが、手術支援ロボットを使えば、安全にできると思います」と答えた。岡川がこのように選択したのは、気管支の縫合に精緻な手技が求められるからだ。そもそも肺の手術には大きく分けて、胸を切り開く〈開胸手術〉と、胸部を数カ所切開し、小型カメラや手術器具を挿入して行う〈胸腔鏡下手術〉がある。従来、同院では、気管支形成のように高難易度の手術は安全性を優先し、胸腔鏡ではなく開胸手術を行ってきた。しかし、手術支援ロボットであれば、胸腔鏡下手術と同じく、小さな切開部から器具を入れて行う術式であっても、双眼鏡で鮮明な3D画像を見ながら、人の手のように器用に動く多関節の鉗子を使って手術できる。「開胸手術に近い感覚で、正確に縫合できます。同時に、胸腔鏡下手術と同じように傷が小さく、体への負担も抑えられます」と岡川は2つの利点を説明する。
この岡川の判断を皆で共有し、後日、患者の同意を得て、ロボット支援による気管支形成術が行われた。手術時間はおよそ4.5時間。その後の回復過程も順調で、約1週間で退院することができた。現在、この患者は咳や息苦しさから解放され、CT検査で転移がないことも確認され、安心して暮らしているという。
岡崎市民病院では、2020年4月に手術支援ロボットを導入。呼吸器外科では、岡川をはじめ2名の呼吸器外科医がロボット支援下手術サージョンコンソール(術者)として必要な講習会への参加やトレーニングを積み、2021年だけで、肺がんに対する切除術(肺葉切除・肺区域切除)を36例、安全に行ってきた。ここまで岡川はどんな手応えを感じているのだろうか。「手術支援ロボットは特殊なものと思われがちですが、そうではなく、外科医の技術を標準化・均一化できるものです。たとえば、肺がんがリンパ節に転移している場合も、細部のがんまで完全に切除できる。もちろん解剖学的知識や技術の習熟が必要ですが、訓練を積めば、術者を限定せず高いレベルで手術できるのが、最大の良さだと思います」(岡川)。その一方で、開胸手術を否定しているわけではない。「症例によっては、躊躇なく開胸手術を選択します。大事なのは、患者さんにとってベストな治療を提供することですから」と言う。
同院の医師らが合同カンファレンスを重視するのも、より多くの眼で治療法を検討するためだ。同院では手術前だけでなく手術後も皆が集まり、術後の治療について検討するなど、診療科を超えたチーム医療を推進している。そのやり方に、奥野も深く同意する。「がんの治療は抗がん剤、放射線、手術を組み合わせて行うのが基本です。だからこそ、各診療科が個別に治療を考えるだけでなく、画像診断のチェックの段階から内科、外科、放射線科の医師が参加し、オープンな場で議論し、情報共有することがとても大切だと考えています」。また同院では、呼吸器内科と呼吸器外科の病棟が共通で、両科の交流も活発だ。「何かあれば、すぐ相談して速やかに対応しています。これからも、患者さんにとって一番良い治療は何かを考え、皆の力を結集していきます」。奥野は力強い口調でそう締めくくった。
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