ある日、岡崎市民病院・内視鏡外科の石山聡治(内視鏡外科 統括部長/外科部長/院内腹腔鏡センター長)のもとに、近くのクリニックから紹介された60代の男性が来院した。主訴は、便が細くなり、血便が出ること。精密検査の診断では、肛門の近くに、骨盤内にはまり込むような大きな直腸がんが確認された。これは少々厄介な症例だな。そう感じた石山はまず、内科、外科などの医師から成る消化器チームのカンファレンスで症例を検討。最初に抗がん剤でがんを小さくしてから、ロボット支援下手術でがんを切除する治療方針を決めた。
手術方法には、開腹手術、腹腔鏡手術(腹部に数カ所小さな穴をあけ、そこからスコープや器具を入れて行う手術)、ロボット支援下手術(腹部に数カ所小さな穴をあけ外科医のロボット操作で内視鏡やメス、鉗子を動かして行う内視鏡手術)の3種類がある。そのなかでロボットを選択したのはなぜだろうか。
「直腸の中は非常に狭く、茶筒の底で手術をするようなイメージになります。そうなると、多関節でなおかつ手ぶれを防ぐ機能のあるロボットは非常に有利です。本当にギリギリの膜一枚を剥がす工程も精緻に行うことができ、肛門や機能を温存しながらがんを取り残すことなく切除できます」と石山は説明する。手術当日は、両側のリンパ節郭清術も実施し、8時間に及ぶ手術になったが、無事に終了。「できれば人工肛門にしたくない」という患者の希望を叶えられ、非常に喜んでもらうことができた。
この治療を振り返り、石山は次のように話す。「がんの切除だけでなく、患者さんのQOL(生活の質)も守れて本当に良かったと思います。こうした結果を残せるように、私たちが何よりも重視しているのは術前のカンファレンスです。ガイドラインを基本に据えつつ、患者さんやご家族の意向を踏まえ、消化器チーム全体で診断を評価し、適切な治療法について充分に戦略を練っています。また、多臓器にわたるがんでは、産婦人科や泌尿器科と連携し子宮や前立腺のがんも同時に切除する手術も行っており、診療科を超えた連携を大切にしています」。
消化器がんの手術はもともと開腹で行われるのが一般的だった。それが、腹腔鏡手術が主流になり、近年はロボット支援下手術の症例も非常に増えている。このように変化してきた背景には、どんな技術の進化があったのだろうか。
「やはり手術器具の進歩が大きいと思います。内視鏡では、人間の視力の32倍くらいの大きさで患部を見られ、今まで目で見えなかった解剖学的構造や組織が非常にわかるようになりました。それによって、血の出ない場所を見つけやすくなり、クリアな術野を確保できるので、手術の精度が飛躍的に向上しました。さらに、がん組織をきれいに取り除くことができて、根治性も格段に上がったと思います」と石山は説明する。
その技術の進化の先頭に立つのが、ロボット支援下手術だ。内視鏡外科では現在、ロボット支援下手術の執刀医資格を持つ石山ともう1名の医師の2名を中心に、助手資格を持つ若手医師らとともに手術を行い、豊富な治療実績を重ねている。同院がこのように最新の低侵襲治療に力を注ぐのは、「大腸がんが特別な病気ではなく、コモンディジーズ(一般的な病気)だから」だと石山は話す。「一般的な病気だからこそ、体に負担の少ない手術で、術後のQOLまで見据えながら治していくことが重要です。第一にがんの根治をめざし、その上で、神経や肛門を残そうと考えたとき、ロボットが非常に役に立つのです」。
もちろん、症状や部位によって、腹腔鏡手術が第一選択になることもあるし、進行がんに対しては開腹手術と抗がん剤、放射線治療を組み合わせて集学的に戦略を組み立てていくという。「一般的な病気を治すには、治療の引き出しは多い方がいいと考え、幅広く取り組んでいます。この地域の患者さんがこの地域で安心して治療できる体制を用意することが、私たちの使命だと考えています」と、石山は締めくくった。
COLUMN
BACK STAGE