岡崎市民病院には脳卒中を発症した患者が多数、救急搬送されている。この日も、家の中で意識を失って倒れていたという80代の男性が運ばれてきた。救急科から連絡を受けた脳神経内科の大山健は、急いで救急外来に駆けつけた。患者の意識は朦朧としていて言葉が出ず、右半身を動かすことができない。明らかに脳の血管が詰まる脳梗塞が疑われたが、正確な発症時間はよくわからないという。大山はCTとMRI検査を指示すると同時に、脳神経外科に連絡した。
「発症から4.5時間以内の脳梗塞であれば、血栓を薬剤で溶かす〈t -PA療法(血栓溶解療法)〉を適用できます。しかし、この患者さんは発症時間がわからないため、内科的治療は難しい。そこで、早く脳神経外科に繋ごうと判断しました」と、大山は振り返る。
大山と一緒に検査画像を確認した脳神経外科の錦古里(きんこり)武志は、うーんと唸った。大脳に血液を送る最も大切な血管である左内頸動脈が詰まっていたからだ。一刻も早く血流を再開しないと、大きな後遺症が残ってしまう。カテーテルを挿入して血栓を取り除く〈脳血管内治療〉を行うことを即断した。錦古里たちは速やかに患者をカテーテル室へ移送。看護師や診療放射線技師らがテキパキと準備をして、脳血管内治療が始まった。患者が救急搬送されてから、ちょうど1時間が経とうとしていた。
この〈救急車の到着から1時間以内〉というのは、錦古里が常に目標とする時間だ。「脳の血管が詰まり、その先の血流が途絶えると、数分で脳細胞の壊死が始まり、時間が経つほど壊死の範囲が広がっていきます。一刻も早く治療を開始する、その目標を、1時間以内と定めています」と錦古里は説明する。幸い、この患者は1時間ほどの手術で、頸動脈に詰まった血栓は速やかに取り除くことができた。手術後、詰まっていた先の血流が流れるのを画像で確認すると、スタッフ一同、安堵の表情を浮かべた。「治療は終わりましたよ。わかりますか」。錦古里が話しかけると、患者はゆっくり返事をした。手術後の経過も良好で、患者は約2週間後、大きな後遺症を残さず歩いて退院していった。
脳梗塞は命に直結する病気であり、たとえ一命を取り留めたとしても、約7割の人に半身麻痺、言語障害、知覚障害などの後遺症が残り、重症の場合は寝たきりになってしまう。深刻な後遺症を減らすには、一分一秒でも早い血流の再開をめざし、治療までの〈時間〉をできる限り縮めるほか方策はない。
「当院では救急科と脳神経内科、脳神経外科の連携のもと、訓練を積んだ医師、看護師、診療放射線技師らが昼夜を問わず治療できる体制をつくってきました。この組織力こそが、私たちの最大の武器です」と錦古里は言う。実際、この充実した体制が認められ、同院は日本脳卒中学会より〈一次脳卒中センターコア施設=24時間365日脳卒中患者を受け入れ、t -PA療法や脳血管内治療を行える施設〉に認定。地域の脳卒中治療を牽引する立場にある。
今後の目標はどんなことだろうか。「院外では、地域医療機関との連携を推進するほか、救急隊との連携を深め、脳梗塞の疑いがある人を早く搬送してもらう。院内ではここまで築いた脳卒中チームの組織力をさらに強化し、高度化していきたいと思います」と錦古里。その言葉にうなずき、大山はこう続ける。「もう一つお願いしたいのは、地域の皆さんの意識づけです。最近は症状が出てすぐに来院する人が増えてきましたが、それでもまだ一晩様子を見てから来る方がいらっしゃいます。それではもう、助かる脳も助けることはできません」。
脳梗塞の初期症状は〈顔の片側がゆがむ、腕の片側の麻痺、呂律が回らない〉など。これらの異変があれば「ためらわずに救急車を呼んでほしい」と、大山は言葉に力を込める。「地域住民の高い意識、地域医療機関との強固な連携、救急隊の機動力、そして、高度な急性期医療と回復期リハビリテーション医療。これらが整えば、この地域から脳卒中で苦しむ人を一人でも多く救うことができます。そんな地域づくりをめざしていきたいと思います」(大山)。
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