初秋のある日、岡崎市民病院に妊婦が救急搬送されてきた。妊娠30週、自宅で突然の出血、激しい腹部の痛みも伴っていた。すぐさま地域周産期母子医療センターのスタッフが対応にあたり、超音波検査などから子宮内膜症の増悪による出血と診断した。子宮内膜症とは子宮の内側を覆う子宮内膜に似た組織が子宮の内腔以外の場所にできてしまう病気。妊娠中に適切な治療を行わないとこうした緊急事態を招くことがあるという。
出血が多いため、このままでは母子ともに命の危険があり、赤ちゃんを急いで取り出さなくてはならない。産科医と麻酔科医、手術室の看護師、助産師などによる連携によって緊急帝王切開が行われ、無事に1400gの赤ちゃんが生まれた。その場に立ち会っていた小児科医は即座に赤ちゃんに人工呼吸器を装着し、新生児集中治療室(NICU)へ運んだ。一方、母体は止血を施した上でICU(集中管理室)で全身状態を整え、子宮内膜症については保存的治療を行っていくことになった。
この事例を振り返り、地域周産期母子医療センターの後藤真紀センター長は「母子ともに無事で本当に安堵しました。このケースのように、当センターでは、産科部門と新生児部門、各診療科が緊密に連携し、24時間体制であらゆるハイリスク出産に対応しています」と話し、次のように続けた。
「また、当センターでは出産だけでなく、妊娠前から妊娠中、出産後まで継続して、妊婦と赤ちゃんの健康を守るために力を注いでいます。妊娠前では、プレコンセプションケア(将来の妊娠を考えながら自分たちの生活や健康に向き合うこと)に取り組んでいるほか、不妊生殖医療にも力を入れています。妊娠中はリスクコントロールを行い、出産後もインターコンセプションケア(産後から次の妊娠までの健康管理)を行っていきます。これらのサポートには、助産師、看護師、管理栄養士、リハビリテーションスタッフなど、多様な職種が関わり、安心・安全な妊娠・出産となるように、出産、産後のケアまでトータルに支えられるのが、当センターの最大の強みだと思います」。
妊娠・出産は安全なものと思われがちだが、実際はさまざまな危険を伴う。緊急対応で最善を尽くしても、母子の命を救えないケースがあるのも事実だ。では、そうしたリスクを低減し、安心・安全な出産に繋げるにはどうすればいいだろう。「やはり早い段階でリスクを発見して、周到に準備していくことが必要です」と、後藤は言う。
「たとえば、冒頭の子宮内膜症のほか、卵巣腫瘍、高血圧や糖尿病、内分泌甲状腺疾患などの慢性疾患をもつ人は、少なからず分娩リスクを抱えています。また、前回の分娩で出血が多かったり、胎盤トラブルのあった人もリスクが高くなります。こうした妊婦さんに対して、出産に向けて適切なリスクコントロールを行っていくとともに、リスクに応じて必要な手術や薬物療法を提供していくことが必要です」(後藤)。
妊娠中にリスクを早期発見するには、出生前の検査が重要である。同院ではすでに産婦人科外来で遺伝相談を実施し、出生前のNIPT(無侵襲的出生前医学的検査)や羊水検査をはじめとした出生前の遺伝学的検査などを行っているが、今後さらに、その体制を一歩進めて、妊婦の検診や胎児の超音波検査も含めたトータルなスクリーニング検査体制の構築をめざしている。「不安のある方は妊娠中に一度受診していただき、ご本人の健康状態から胎児の状態まで細かく診て、必要なカウンセリングを行いたいと考えています。
問題がある場合は当院で出産までサポートし、問題がない場合は地域のクリニックで安心して出産していただく。当院と地域のクリニックが役割分担をしながら連携することで、ハイリスクの妊婦さんを安全な出産に導いていきたいと考えています」(後藤)。すべては、地域のお母さんと赤ちゃんを守り抜くために。その揺るぎない使命感のもと、同院は地域医療連携と周産期医療の充実にこれからも力を注いでいこうとしている。
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