「お世話になりました。また明日から頑張って夫の介護をしていきます」。今夏、そんなふうに挨拶し、ヨナハ総合病院を後にするAさん夫婦の姿があった。Aさん(70代)は数カ月前、脳梗塞で倒れ、高度急性期治療を受けた後、同院へ転院。入院中、胃ろう(直接胃に栄養を投与するために設ける小さな穴)を造設したものの、リハビリテーションの成果により、後遺症の運動麻痺もやや改善し、退院することになった。退院後は施設入所も考えられたが、「家で暮らしたい」というAさんの希望を、妻が叶えることを決意した。このときのことを、退院指導に携わった渡邊美穂(地域包括ケア病床・主任看護師)は、次のように振り返る。「退院前に奥さまは、経管栄養(胃ろうを介して栄養剤の注入)や日常生活の介助方法を熱心に学んでくれました。でも、ちゃんと介護できるか、かなり不安そうでしたね。そこで、『病状が急変したり、介護に疲れたら、いつでも入院できますよ』と伝えて送り出したんです」。
「いつでも病院に戻れる」というのは、慣れない介護生活で、大きな安心材料だったに違いない。Aさんはこれまで2回ほど、2週間ずつの短期入院を利用。その間、妻は介護から解放されリフレッシュできているという。この入院は、地域包括ケア病床ならではの制度で、介護者の負担を軽減するためのレスパイト入院である(詳しくはコラム参照)。
「たとえば、在宅酸素療法や喀痰吸引が必要だったりと、医療依存度の高い方が自宅に戻るケースが増えています。また、ご家族のなかには、仕事と介護の両立に悩む方も多くいらっしゃいます。そういうご家族の負担を少しでも支えてあげたい。当院の地域包括ケア病床が、在宅療養中の避難所のような役割を果たすことで、地域の方々の心の支えになっていきたいと考えています」と渡邊は話す。もしも介護の不安から在宅療養を諦める家庭が増えれば、たちまち病院から在宅療養への移行が滞り、地域医療に支障をきたしかねない。地域医療体制を守るためにも、欠かせない役割を担っているのが、地域包括ケア病床なのである。
同院に地域包括ケア病床が開設されたのは、平成26年。最初は10床からスタートし、現在は20床まで増えた。地域包括ケア病床は冒頭の事例のような患者を受け入れる機能もあるが、一般的には、病状の安定した患者が在宅に戻る準備をする病床として活用されている。もちろん、同院でも在宅復帰支援を主軸に運用しているが、それに加え、在宅療養支援に注力するようになったのはどういう経緯からだろうか。医療法人尚徳会の副理事長・古橋亜沙子医師(麻酔科)に話を聞いた。「具体的なきっかけは、高齢の患者さんが増え、再入院のケースが目立ってきたことですね。病状が悪くなった患者さんの体調を改善し、再び在宅に戻れるよう支援する病床が必要になったのです。さらに退院指導をするなかで、ご家族の介護に対する不安を知り、レスパイト入院も積極的に受け入れるようになりました。この病床では、医師や看護師、リハビリテーションスタッフ、医療ソーシャルワーカーなど多職種が密接に関わり、多様な角度から患者さんを評価し、在宅に戻れるように万全のサポートを行っています」。
また、同院は今春から、新たに訪問診療もスタートさせた。「これまでも法人内で訪問看護や訪問リハビリテーションを行ってきましたが、それに、医師の診療を加えることで、より充実した訪問医療体制が完成します」と古橋は説明する。このように同院は次々と、地域との距離を縮めていく方針を打ち出し、形にしている。「私たちの使命は、医療と生活を繋ぐ拠点として、在宅復帰を支援し、その後の生活をずっと支えていくことです。レスパイト入院、訪問医療など、多様な選択肢を用意することで、在宅での暮らしをより多面的に支えることができます。これからも地域の在宅医療を担う方々としっかり連携し、在宅療養を支えていきたいと思います」(古橋)。
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